透明性こそ、これからの日本に求められるリーダーシップだと思う。[前編] 2023/05/18

小西 雅子(WWFジャパン 専門ディレクター〈環境・エネルギー〉) × マーティン・パーソン #01

TAZUNERU[たずねる]
ボルボ・カー・ジャパン社長のマーティン・パーソンが、これまでにない捉え方やアイデア、技術でサステナブルな活動に取り組み、各界でイノベーションを起こしているリーダーたちを“たずねる”。





公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)

専門ディレクター(環境・エネルギー) 小西 雅子(こにし まさこ)
博士(公共政策学・法政大)。米ハーバード大修士課程修了。気象予報士。昭和女子大学院特命教授/京都大学大学院特任教授兼務。中部日本放送アナウンサーなどを経て、2005年に国際NGOのWWFジャパン入局。専門は国連における気候変動国際交渉及び環境・エネルギー政策。2002年国際気象フェスティバル「気象キャスターグランプリ」受賞。環境省中央環境審議会委員なども務めている。著書「地球温暖化は解決できるのか~パリ協定から未来へ!~」(岩波ジュニア書店2016)『地球温暖化を解決したい―エネルギーをどう選ぶ?』 (岩波書店2021)など多数。

WWFジャパン
WWFは100カ国以上で活動している環境保全団体で、1961年にスイスで設立されました。人と自然が調和して生きられる未来をめざして、サステナブルな社会の実現を推し進めています。特に、失われつつある生物多様性の豊かさの回復や、地球温暖化防止のための脱炭素社会の実現に向けた活動を行なっています。



気候変動問題の解決に向けて、政府や企業などを動かすため、国際交渉や日本のリーダーたちへの提言など、長年精力的な活動に奔走していらっしゃるWWFジャパンの小西雅子さん。世界の最前線で「気候変動問題の今」を見続けてきた小西さんをWWFジャパンのオフィスに訪ねました。



日本では「サステナビリティ」が曖昧な定義のまま流行っている。



マーティン
今日はお会いできて光栄です。小西さんは、国際NGOのお立場から、地球温暖化の国際交渉の舞台で政府に政策提言をしたり、企業努力を後押ししたり、気候変動問題の解決に向けた活動の最前線を走り続けていらっしゃいますよね。その活動について、まず教えていただけますか?
小西
私もお会いできるのを楽しみにしていました。はい、政府への働きかけとしては、たとえばパリ協定などの国際条約ができる時に、それぞれの国が重視する点や妥協点を見つけながら、国連の場で協定の合意に至るよう力を尽くす。こうした政府に対する活動が主な仕事です。
また、先進的な企業に、各業界の指標となるロールモデルを作ってもらう。これも私の大切な仕事です。
マーティン
いつ頃からそのような取り組みに携わっていらっしゃるんでしょう?
小西
環境やエネルギー分野の専門家として、WWFジャパンに入局したのが2005年ですから、もう20年ちかくこの仕事をしています
マーティン
その間に、サステナビリティに関して、日本の社会は何か変化しましたか?
小西
正直なところ、ここ3、4年が一番変化を感じます。とくに企業の変化ですね。2018年くらいから、日本企業はすごい勢いで走り出しました。菅前首相が2020年に、「国内の温室効果ガスの排出を2050年までに実質ゼロにする」とカーボンニュートラルを宣言したことが追い風になりましたね。さらに2021年には、「2030年に向けた温室効果ガスの排出を、2013年度に比べて46%削減する」と表明したことも大きな影響力がありました。2030年なんてすぐに来ますからね。どの企業のビジネスにも関わることなので、企業の危機感は一斉に高まったと感じます。
マーティン
なるほど。私が最近感じるのは、日本では「サステナビリティ」という言葉が、曖昧な定義のまま流行している印象を持っています。いわゆる「バズワード」ですね。SDGsのピンバッジを胸元に付けている方々が多くいます。ただ、どれくらい環境に配慮できているのか、どれくらい環境に良いのか、本質的な部分こそが大切ですよね。




小西
おっしゃる通りです。17の目標を掲げるSDGsって、実は都合がいいんです。本来なら、自らの事業が及ぼす環境への影響の中で、一番インパクトが大きい分野を重要課題と定めて、まず初めに取り組むべきです。ただ、それに向き合わず、インパクトが小さい取り組みであっても、たとえば植林を少ししているだけで、「SDGsやってます」とCSR報告書等に書く傾向が日本企業にはあります。重要課題に向き合うより簡単ですが、本質的とは言えないですよね。


「本質的な行動」のためにファクトベースで考える。



マーティン
そうなんです。とくにヨーロッパの消費者は、環境に配慮しているように見せかけたり、ごまかしたりする「グリーンウォッシュ」に対してものすごく厳しいです。
小西
日本では「グリーンウォッシュ」という言葉自体が、理解されていませんね。メディアなどで、見せかけの環境配慮と解説がついているくらいです。
マーティン
ヨーロッパでは「サステナビリティを大事にしていると言うならば、ファクトを見せてください」と必ず声が上がります。でも、日本では、「サステナビリティを大事にしています」と企業が言えば、消費者はその言葉をそのまま信じてしまうことも多いように感じます。
小西
エビデンスがなければ、サステナブルの言葉を使ってはいけないと、広告を制限する法律まであるのですよね。
マーティン
はい。ですから本質的という意味で、データに基づいて課題に取り組むことが重要です。たとえば、製品のライフサイクル全体を通して排出されるCO₂を「カーボンフットプリント」と呼びますが、われわれは本社から、「日本のビジネスのカーボンフットプリントを、さらに5年で50%カットしてください」と厳しい目標を言い渡されました。

正直に言えば、その目標を達成するのは簡単なことではありません。でも、データを見れば、何から手を付けるべきかがおのずと見えてきます。結果的に、事業全体で使う電力に手を付ければ、CO₂を32%削減できることがわかりました。ですからまずは、CO₂を実質的に排出しないクライメートニュートラルな電気を使おうと、順次切り替えているところです。
小西
まず開示するデータを集めることがいかに大変かはよく分かります!
サプライチェーン全体から排出されるCO₂は、「スコープ1」「スコープ2」「スコープ3」と呼ばれる3つの範囲の総量で決まります。とくに、「スコープ3」では、「消費者が製品を使ったときに出る間接的なCO₂排出量」までデータを調べ上る必要があります。これらは本当に大変で、専門的な知見が欠かせません。でも、そこに踏み込むことが、脱炭素社会を目指すにあたって非常に重要ですよね。




マーティン
正直なところ、ものすごく大変でした(笑)。でも、そのおかげで、今では自分たちの事業が環境に与えるインパクトについて可視化することができています。ですから、サプライチェーン全体で排出ガスの削減を推進していくのに、いつまでに何をするのか、何に重点的に取り組むのか、というロードマップを明確に作ることができました。これは、ボルボが2040年までに、企業活動でCO₂を実質的に排出しないクライメートニュートラルな企業になることを目指す上で欠かせません。

それに今、「LCA(ライフサイクルアセスメント)」という手法によって、製品のライフサイクルすべての過程でどれくらい環境に負荷をかけているのかの透明性を保つことができています。透明性も、開示できるだけのファクトを集めているからこそ維持できますからね。環境に配慮できていないから見せないとか、いい部分だけを見せるとかそういうことではなく、すべてを見せる。これがお客さまのボルボに対する信頼を培っていく上では重要です。結果的に、いいプレッシャーになっていると思いますよ。


リーダーシップで大切なのは「透明性(情報を開示すること)」。



小西
透明性ってすごく重要で、私は、都合のよいことも悪いことも含めてすべて開示する姿勢=透明性の確保は大きなリーダーシップだと思うんです。そうするとボルボに関連するサプライチェーンの方々はみんな、「なるほど、グローバルでは今、こういう風に情報をすべて開示しなきゃいけないんだ」って学びにつながりますよね。しかもビジネスですから、同じように自社でも透明性が担保できなければ、ボルボとの取引が終わってしまう。やっぱり危機感が違いますよね。これが、日本のマーケットに対する一番のシグナルになると思うんです。

ビジョンを持ってそこに向かっていく過程では、ウクライナ危機のように、「どうしても今はそれができない」という事情もきっと出てくるはずです。でも、自らに都合の悪いことも含めて、率直に説明していく。こういう姿勢や風土が、多くのヨーロッパの企業にはすでにあると思います。日本企業の一部は、まだできる範囲の目標を立てて、その範囲内でしか開示しないという傾向もあります。でも、透明性の確保は、今後日本のすべての企業に求められる条件だと思います。
マーティン
そういう意味では、第三者機関による評価はすごく大事ですよね。それがなければ、われわれ企業は何とでも言えるじゃないですか。




小西
そうなんです。今、影響力が一番大きいのは、機関投資家からのプレッシャーです。とくに欧米系の機関投資家は、IPCC*1などが発表する科学に基づいたファクトから、企業がパリ協定に沿って科学的な削減行動をとっているかを厳しく見て投資判断をしています。どうやって評価するかというと「SBT*2などの認証を取っているか」といったことをあっさり投資判断の基準にします。でも、世界的にはそちらの方がむしろスタンダードなんです。


*1  Intergovernmental Panel on Climate Changeの略で気候変動に関する政府間パネル。世界気象機関(WMO)、および国連環境計画(UNEP)によって1988年に設立された政府間組織

*2  Science Based Targetsの略で、パリ協定が求める水準と整合した、企業が設定する温室効果ガス排出削減目標のこと



マーティン
だからとても大事です。ヨーロッパでビジネスをするためには、第三者機関による評価がないとあり得ないでしょう。
小西
日本の今の課題は、グローバル企業以外の国内の大手上場企業です。そうした企業はたくさんあるものの、機関投資家のプレッシャーがそれほど効かない。だからこそ、底上げのための政策が必要なんです。

グローバル企業にとって、日本の政策が遅れているのは、自分たちのビジネスにはマイナスに働きます。たとえば、電気が脱炭素化していなければ、いくらEVを売っても日本では脱炭素化に繋がらない、みたいなことです。だから、先進的な日本のグローバル企業の声を集めて、そこに合わせて日本政府には野心的な政策を作ってもらう。そうすれば、国内の大手企業も変わると思います。
マーティン
確かにそうですね。日本は1回シフトすると早いでしょうね。私も、日本のEVの普及率は、どこかで一気に伸びると考えています。そういう意味でも、お客さまからの信頼を得て選ばれるためには、透明性が欠かせません。

あと、先ほど、事業が及ぼす影響の中で、まずは一番インパクトが大きい分野に取り組んでいくという話をしましたよね。でも、それと同時に、インパクトが小さい部分にも取り組んでいくことが大切です。

たとえば、2023年の春から、徐々にプラスチック包装のおしぼりを無くしていく方向で動いているところです。われわれがグリーンカンパニーと言っているのですから、環境へのインパクトが小さな取り組みだとしても、チャレンジしなくちゃいけない。まずは環境へのインパクトが大きいところからタックルするけれど、同時に小さい部分にも取り組む。両輪が大事で、こうした行動の積み重ねで、お客さまからの信頼を勝ち取る必要があると考えています。


聞き手:ボルボ・カー・ジャパン株式会社 代表取締役社長 マーティン・パーソン

1971年スウェーデン生まれ。明治大学に1年間留学して経営学を学び、1999年ボルボ・カーズ・ジャパンに入社。約10年を日本で過ごす。その後、スウェーデン本社でグローバル顧客管理部門の責任者を務め、ロシア、中国などを経て、2020年10月、ボルボ・カー・ジャパンの社長に就任。日本で楽しみにしているのは、温泉地巡り。日本の温泉は、旅館や料理などトータルに楽しめるのはもちろん、温泉地の豊かな自然が何よりの癒し。