日本の「消費マインド」の変革のキーは若い世代の力。[後編] 2023/05/25

小西 雅子(WWFジャパン 専門ディレクター〈環境・エネルギー〉) × マーティン・パーソン #02

TAZUNERU[たずねる]
ボルボ・カー・ジャパン社長のマーティン・パーソンが、これまでにない捉え方やアイデア、技術でサステナブルな活動に取り組み、各界でイノベーションを起こしているリーダーたちを“たずねる”。





公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)

専門ディレクター(環境・エネルギー) 小西 雅子(こにし まさこ)
博士(公共政策学・法政大)。米ハーバード大修士課程修了。気象予報士。昭和女子大学院特命教授/京都大学大学院特任教授兼務。中部日本放送アナウンサーなどを経て、2005年に国際NGOのWWFジャパン入局。専門は国連における気候変動国際交渉及び環境・エネルギー政策。2002年国際気象フェスティバル「気象キャスターグランプリ」受賞。環境省中央環境審議会委員なども務めている。著書「地球温暖化は解決できるのか~パリ協定から未来へ!~」(岩波ジュニア書店2016)『地球温暖化を解決したい―エネルギーをどう選ぶ?』 (岩波書店2021)など多数。

WWFジャパン
WWFは100カ国以上で活動している環境保全団体で、1961年にスイスで設立されました。人と自然が調和して生きられる未来をめざして、サステナブルな社会の実現を推し進めています。特に、失われつつある生物多様性の豊かさの回復や、地球温暖化防止のための脱炭素社会の実現に向けた活動を行なっています。



前編では、気候変動問題の解決に向けて、日本の企業に求められている姿勢やアクションについて語り合いました。後編は、日本の「消費マインド」について。ヨーロッパと日本の消費者の違いについて意見を交換しながら、日本の消費マインドが「未来につながる地球にいいこと」に対して、フレンドリーに変わっていくためのヒントを探ります。



政治がポリシーを持てば、企業が変わり、消費者も付いてくる。



小西
日本企業の動きは今、欧米に2、3年くらい遅れて、急速にキャッチアップしている状況だと思います。一方で、消費者の意識はどうでしょうか。欧米各国に比べて、私は、遅れているというより 「変わるかな?」というのが正直な印象です。変わらないとは言わないけれど、少なくともみんなが、環境のことを考えて買い物をする「グリーン・コンシューマー」になるような世界を、近くは見通せないんです。
マーティン
なるほど。われわれボルボが、2040年までにCO₂を実質的に排出しない「クライメートニュートラル」な企業になるには、資源を循環させて、廃棄物を極力抑える「サーキュラーエコノミー」の発想でビジネスしていくことが欠かせません。でも、そもそも、日本では「サーキュラーエコノミー」「サーキュラービジネス」という言葉も一部で使われているだけ。一般的にはまだあまり浸透していないように感じます。
小西
社会に浸透しているのは、まだ「リサイクル」程度ですよね。実は、循環型社会と脱炭素って、お互いに手を携えている関係性で切り離せません。でも今、日本ではわりと、脱炭素が先行して叫ばれていますしね。そういう意味で、循環型社会と脱炭素をセットで考えて取り組んでいるボルボは、日本でまだまだ珍しい存在です。ですから、そこまでやっていても、その価値を理解できて、「だから、少し高くてもボルボの車を選ぼう」という消費者は、日本にはまだ育っていないのが現状ですよね。スウェーデンはどうですか?




マーティン
おっしゃる通りですね。そこはスウェーデンと日本の大きな違いかもしれません。スウェーデンの消費者は、「環境に配慮したグリーンプロダクトなら、若干値が張るのは当たり前」とわかっています。そのプレミアムな価値に支払うんですね。

日本では、多くの消費者は「安い」ことに価値を見いだしています。だから、「環境に配慮した製品はいいことだけれど、安くないと困る」という感覚の方が多いような気がします。

もう一つは、国民性みたいなものもあるかもしれません。ヨーロッパではエビデンスを大事にします。ですから消費者は、環境に配慮しているように見せかけたり、ごまかしたりする「グリーンウォッシュ」に対してものすごく厳しくて、企業に対して本質的な質問をしたり、本質的な対応を要求したり、声を上げるのが普通なんです。
小西
確かにそうかもしれません。日本には、「政治にものを言う」という文化がそもそも希薄ですし、自分の考えを声に出して主張する教育もあまり受けていません。どちらかというと、長いものにまかれることを良しとする傾向がありますからね。

ただ、実は私自身は、消費者の意識が変わることが、日本を変える道とは思っていないんです。国民性を考えても、やはりまずは政治が、みんなが自然と脱炭素の方向へ向かいたくなるインセンティブを付ける政策を入れる。すると、ビジネスを通して企業が変わっていく。そうすれば、日本の消費者はおのずと付いてくると考えています。
マーティン
私もそう思います。ヨーロッパでも、初めに国がインセンティブを付けて社会に浸透させていくやり方が多いですね。環境に配慮した製品は高いからこそ、インセンティブを付けて、できるだけ消費者の選択をサポートする必要がありますよね。


日本を動かすのは若い世代の「消費者の力」。



小西
環境に配慮した「グリーンプロダクト」を選ぶ消費者は、スウェーデンではどれくらいいるのでしょう?
マーティン
ほとんど、ですね。たとえばスーパーマーケットで買う牛乳。グリーンプロダクトと普通のプロダクトが並んで置かれています。私は頻繁にスウェーデンに帰るのですが、グリーンプロダクトの割合が増えていっている印象です。でも、ここまでくるのに恐らく10年ほどかかったと思います。始めはスウェーデンでも、本当に少なくて高価でした。グリーンプロダクトが1割、普通のプロダクトが9割という感じでした。それが今では逆転していっている。この現象は、まさに「消費者の力」が企業を動かしてきた結果なんです。
小西
日本の場合は、まだ「値段が同じなら、まあグリーンプロダクトでもいいか」という感じが多いですからね。車ではどうですか?「2030年までにすべての新車をEVにする」とボルボは宣言されていますが、今、他のメーカーも同じようなことを発言していますが・・・。




マーティン
みなさん、「電気自動車は高い」とおっしゃいますよね。なかなか理解してもらえない部分も多いです。今、ヨーロッパでのEV普及率は、ノルウェーが先頭を走っていて95%ほど。スウェーデンは50%を超えているくらい。一方で、日本市場でEVの割合は、プレミアムなブランドの市場で7%に届かないくらい。車全体の市場で見ると、1~2%ほどです。なので、そこは企業としてわれわれのチャレンジになります。

ただ、日本でも、若いお客さまはサステナビリティに対して関心が高い。これは、日頃のカービジネスを通してものすごく実感しています。たとえば、EVを購入しても、それだけでは環境にいいとはあまり言えません。化石燃料以外で作られたクライメートニュートラルな電気を使わなければ、電気自動車も本質的に環境にいいとは言えない。そのことを、とくに日本の若いZ世代の人たちは理解していて、そこに希望を感じますね。

さらに、私自身は、Z世代よりさらに若い子どもたちにも期待を寄せています。日本の消費マインドが変わるという意味では、小さいころからの教育はやはり欠かせないと思います。


子どもたちへの環境教育が大切な理由。



小西
実は、環境教育についてもお聞きしたかったんです。今、ドイツなどでは、小中高の授業で環境教育をしっかりやっていると聞きました。日本にはまだ、そのレベルでの環境教育はほとんどありません。たとえば、私の著書に『地球温暖化を解決したい―エネルギーをどう選ぶ?』というものがあります。これは、温暖化を解決するエネルギーの選び方や、それぞれのエネルギーの長所や短所を解説した本です。ですから学校で使うのであれば、本来なら環境教育を目的として用いられるであろう書籍なのですが、私の本が一番読まれるのは、実は国語。環境問題をテーマに、読解力を身に付けるために使われています。ちょっと不思議な扱いです。スウェーデンでは環境教育に熱心なのでしょうか?
マーティン
そうですね。私が子どものころも、学校で環境教育が教科の1つとしてありました。国語や算数、理科のように、「環境」が一つの科目になっているんです。自然環境にゴミを捨ててはいけないというところから始まって、その後だんだんリサイクルについて学んでいきました。もちろんその頃と比べて、今の環境教育はもっともっと進んでいますけれどね。

学校における環境教育の素晴らしいところは、子どもたちが親に対して影響力を持つことです。子どもたちは学校で、環境に関する教育をしっかり受けているから、親に対して「それは環境によくないからダメだよ」と言います。これが親へのプレッシャーになるんですよね。その意味でも、環境教育は小さいうちからスタートしなくちゃいけない。
小西
私は今、大学の教員もしているのですが、学生が就職活動をするときに近年はSDGsへの取り組みをしている企業に強い関心を持っています。とても環境意識が高くなってきたと感じています。
ボルボでも、何か子どもたちへのアプローチなどもされているのですか?
マーティン
実は今、社内でディスカッションしているところです。日本の子どもたちと一緒に、今後、ボルボは何ができるのかと。たとえば、どこかの学校で環境教育を実施するとかね。こうした取り組みは、すでに何年も前から他のスウェーデン企業も行っていて、われわれにとっていいインスピレーションになっています。ですから今、とくに小学生くらいの小さいお子さんに向けて何ができるか、具体的な形を模索しているところです。
小西さんの今後の活動についてもぜひ聞かせてください。




小西
今は、グローバル企業を中心に、日本企業がようやく脱炭素社会に向けて本気で動き出しているところです。ただ、その取り組みがグリーンウォッシュになってしまっては意味がありません。ですから私は、パリ協定に沿った最新のグローバルスタンダードな脱炭素の取り組みとは何かを企業に伝える役割が重要だと思っています。また政府や自治体がカーボンプライシングなどの効果的な政策を導入するように、これからも政策提言に力を入れていきたいですね。政府や企業に対して、「こちらですよ!」と道を照らしていきたいです。
マーティン
第三者機関による働きかけや評価は、回りまわって消費者にもいい影響をもたらすはずですよね。小西さんたちの活動が、政府や企業にとっていいプレッシャーになることで、グリーンプロダクトに対する消費者の信頼も、少しずつ作られていくでしょうから。
今日はありがとうございました。

小西さんとお話をしていて、「サイエンスベース」「ファクトベース」という発想が、改めてとても大事だと感じました。そして、第三者機関という存在の重要性も。日本では、「サステナブル」という言葉がバズワードとして流行っています。けれども、消費者を裏切らない中身のあるものにするためには、企業自身が事実に基づいて考え、行動していく必要があります。そして、事実に基づいて、いいことも悪いこともすべてオープンにしていく。改めて、その重みと重要性を実感しました。


聞き手:ボルボ・カー・ジャパン株式会社 代表取締役社長 マーティン・パーソン

1971年スウェーデン生まれ。明治大学に1年間留学して経営学を学び、1999年ボルボ・カーズ・ジャパンに入社。約10年を日本で過ごす。その後、スウェーデン本社でグローバル顧客管理部門の責任者を務め、ロシア、中国などを経て、2020年10月、ボルボ・カー・ジャパンの社長に就任。日本で楽しみにしているのは、温泉地巡り。日本の温泉は、旅館や料理などトータルに楽しめるのはもちろん、温泉地の豊かな自然が何よりの癒し。