この庭が、僕らを再生させてくれた。[前編] 2021/08/31

小原嘉久(楽園計画 代表) × マーティン・パーソン #01

TAZUNERU[たずねる]
ボルボ・カー・ジャパン社長のマーティン・パーソンが、これまでにない捉え方やアイデア、技術でサステナブルな活動に取り組み、各界でイノベーションを起こしているリーダーたちを“たずねる”。





楽園計画 株式会社 代表取締役 小原嘉久(こはら よしひさ)

1975年佐賀県武雄市に生まれる。大学卒業後、東京のホテルスクールを経て旅行会社に入社するが、1年で退社。好きだった音楽の道に進み、クラブDJなどとして活動。2003年28歳の時、父の病により武雄に戻り、家業である宿泊業に就いた。2007年、「御船山楽園ホテル」「御宿 竹林亭」「御船山楽園」代表に就任、当初経営は危機的な状況だったが、2年で立て直す。2015年より、「チームラボ」とのコラボレーションでアートイベント「かみさまがすまう森」を開催。2018年には社名を「楽園計画 株式会社」に改名。さらに大浴場を全面リニューアル、斬新なサウナは、サウナ界のミシュラン「サウナシュラン2019」でグランプリを獲得。



九州・佐賀県武雄市、広大な「御船山(みふねやま)楽園」の中に佇む「御船山楽園ホテル」「御宿 竹林亭」。御船山楽園は、神聖な山や豊かな森を活かしながらつくり上げられた、歴史ある回遊式庭園です。小原さんは、この稀有な庭を革新的なアイデアで守り継いでいます。2015年から「チームラボ」とコラボレーションして、庭園を活かしながら、自然とデジタルテクノロジーを融合させたアート展「チームラボ かみさまがすまう森」を開催。このたびボルボも、一部アート空間をコラボレーションさせていただきました。その背景や想いをうかがいました。



子どもの頃からの遊び場だったこの庭が、後世に残すべき財産だと気づいた。



マーティン
本当にすばらしい自然ですね。都会ではなかなかこれだけの豊かな自然に触れるチャンスはありませんから。触れられるのは、せいぜい公園とか、人工的な自然。スウェーデン人はネイチャーが好きです、暮らしにとても自然が近いんです。どんな町でも車で30分も走れば、本物の森があります。
小原
ありがとうございます。大昔この場所は海だったんです。300万年前に隆起してこの御船山ができました。古い伝説があって、昔から神聖な山としてあがめられてきました。1300年前には奈良の大仏をつくった行基(ぎょうき)が入山して、500体の阿羅漢を安置したんです。175年前にはそのふもとに、武雄の領主・鍋島茂義公によって、山の断崖を借景にしてこの壮大な池泉回遊式庭園が造営されました。
マーティン
豊かな自然だけでなく、さまざまな過去からのつながりがここにはあるんですね。


「御宿 竹林亭」にて。



小原
ええ。それを55年ほど前、うちが所有することになりまして。生まれたときから、僕はここが遊び場でした。かくれんぼをすると、絶対に捕まりません(笑)。15万坪、東京ドーム13個分あります。
マーティン
すごいですね!
小原
遺跡や古い建物もいろいろあって、この地で時代時代の人の暮らしが営まれてきた。それらを壊すのではなくて、活用したいと思いました。時間が経ったものをうまく活かすことで、新しい価値の創造につながるのではと。それが、「チームラボ かみさまがすまう森」にもつながっています。
マーティン
歴史があるものを守りながら、新しいチャレンジ、変革をしていくということですね。
小原
はい。現代人のニーズに合わせて。
マーティン
そこが大事だと思います。

私たちも、伝統を守りながら、変革していきたいと考えているんです。ボルボはあと5年で創業100年になります。1927年の創業当時から、人にフォーカスしたブランドでした。「人の幸せを第一に考える」「すべては人が中心」は、私たちのブランド・プロミスです。だから安全性は絶対に譲れないものなんです。次のステップは、サステナビリティ。人の命を守るためには、地球環境も守っていかなくてはならない。だから、サステナビリティは安全性と同等に重要だと考えています。そのために私たちは様々な取り組みをしてきました。今は、その取り組みをさらに加速させる時だと考えています。

豊かな自然と歴史を守りながら、それを活かして革新的なチャレンジをしているこの場所は、まさにサステナブルだと思います。
小原
でも、当初は宿泊業を継ぐつもりはなかったんです。僕は音楽が好きで、曲をつくったりクラブでDJをしたり、音楽活動をしていて。
マーティン
クラブDJ!
小原
はい。父が病気になったことをきっかけに、28歳のときに佐賀に帰ってきたんです。手伝っているうちに音楽との共通点を見つけて、だんだん面白くなってきました。
マーティン
ホテルや旅館と、音楽との共通点ですか。
小原
音楽って、ドラムだったりシンセサイザーだったりベースだったり、パートに分かれていて、それを最後にマスタリングして曲にするんですけど、旅館やホテルも、庭があったり客室があったり料理があったり、いろいろなパートがあって成り立っている。それをどうミックスして、最終的に一つのオリジナリティある楽曲にするか。僕はたまたま畑違いの業界にいたので、他の人とは違うアプローチができるかなと思ったんです。
マーティン
なるほど。面白いですね。
小原
でも、父から家業を継いだ当初は多額の営業赤字と借金で、実は経営は危機的な状況でした。そこはもう覚悟を決めて、命がけでやらなきゃな、というのがありました。
マーティン
それを立て直していく、発想はどう生まれたのですか?
小原
ブレークスルーのための力になってくれたのがこの庭だったんです。

僕がここに帰ってきたのが4月で、ちょうどツツジが満開で。子どもの頃から見慣れた景色だったんですけど、久々に見て、これはもう年齢とか性別とか国とか関係なく、全人類の心に響く風景だと思ったんです。


広大な園内には、さまざまな種類の樹木が生い茂る。



マーティン
確かに。私もそう思います。写真で見たのですが、本当にすごい景色ですよね。
小原
そうなんです。このすばらしさをきちんとわかってもらえれば、経営も立て直せるだろうし、この庭をまた次の世代にも渡せると思った。

チームラボとコラボレーションを始めて、今は年間約40万人まで市外からお客様にお越しいただけるようになりました。この庭が助けてくれた。自然が僕らを再生させてくれたということですね。
マーティン
すばらしいですね。それだけの力が、この庭にはあったということですね。


先人イノベーターへのリスペクトから、自然とデジタルアートの挑戦へ。



マーティン
私たちとしても、今回一緒にコラボレーションができることは非常にうれしいです。なぜ、庭園とデジタルアートという一見、相容れないものを融合するという試みを始めたのですか?
小原
最初は、この庭をつくった鍋島茂義公に対するリスペクトとして、紅葉や桜のライトアップを始めたんです。
マーティン
どんな人物なんですか?
小原
実はこのお殿様が、すごいイノベーターだったんです。20代前半で佐賀藩の筆頭家老になるんですが、佐賀藩は財政が厳しかったので、参勤交代の際の休憩所などを贅沢だと焼き払ってしまった。すると、当時の殿様から切腹を命じられて。優秀な人材だから、罷免されるんですけど、彼は生涯に3回ぐらい罷免されていて。最後に来たのがここ、武雄だったんです。今度は、鎖国時代にありながら積極的に蘭学を導入し、いち早く西洋の科学技術の研究をして蒸気船の建造に成功するなど、先進的でマルチな才能を持っていた。
マーティン
すごいイノベーターですね。
小原
ええ。そんな人がつくった庭を、僕らも彼に続くべく、何か新しい形で残していきたいなと。彼がもし今の時代に生きていたらどうするか、彼ならどんなことを思い描くか、ということを考えました。茂義公の思いを僕らも受け継いでいくというところが始まりだったんです。


左/「御船山楽園ホテル」ロビーの作品「呼応するランプの森とスパイラルーワンストローク」。
右/夜の御船山楽園。作品「小舟と共に躍る鯉によって描かれる水面のドローイングーMifuneyama Rakuen Pond」。



マーティン
この庭をつくったお殿様が最初のイノベーターであり、その庭を小原さんが次のイノベーターとなって、より魅力的な形に再生させた。イノベーターには、自由な発想とチャレンジをし続ける強い精神力が必要だと思います。それが小原さんに受け継がれているわけですね。

イノベーションというのは、その時にはなかなか周囲に理解されず、ばかげているように見えることも多いですよね。でもその人のつくった庭が、175年後に、こうしてかけがえのない宝物になっている。

私たちも、そんなイノベーターでありたいと思っているんです。日本ではあまりそういうイメージはないかもしれませんが、他の国では、ボルボはパイオニアや挑戦者として認められています。例えば、ボルボが1959年に初めて実用化に成功した「3点式シートベルト」。世に出した当時はばかげていると批判の的になりました。でも、その後取得した特許を無償で公開し、これまで100万人以上の命を救うことができました。

ボルボブランドのコアである安全性、その伝統を受け継いでいくことはとても大事ですが、それにプラスしてサステナビリティの面をさらに強化していきたい。イノベーティブなリーダーとして、“アクション”を起こすことが重要だと思っています。イメージを広告でつくり上げることではなくて、あくまで“アクション”が。

だから私たちは、伝統と革新をうまく融合しているイノベーティブなパートナーを探していました。御船山楽園の「チームラボ かみさまがすまう森」を見たときは、まさに探しているものを「見つけた!」という気分だったんです(笑)。
小原
そうだったんですね。ありがとうございます。


ボルボ チームラボ かみさまがすまう森
会期: 2021年7月16日 (金) - 11月7日 (日)
会場: 御船山楽園 (佐賀県武雄市武雄町大字武雄4100)
地図詳細はこちら
料金:
平日 (8/13・8/16を除く): 大人 1,200円、中高生 800円、小学生 600円
土日祝及び8/13・8/16: 大人 1,400円、中高生 800円、小学生 600円 未就学児: 無料



聞き手:ボルボ・カー・ジャパン株式会社 代表取締役社長 マーティン・パーソン

1971年スウェーデン生まれ。明治大学に1年間留学して経営学を学び、1999年ボルボ・カーズ・ジャパンに入社。約10年を日本で過ごす。その後、スウェーデン本社でグローバル顧客管理部門の責任者を務め、ロシア、中国などを経て、2020年10月、ボルボ・カー・ジャパンの社長に就任。12年ぶりの日本で楽しみにしているのは、温泉地巡り。日本の温泉は、旅館や料理などトータルに楽しめるのはもちろん、温泉地の豊かな自然が何よりの癒し。目下の関心事は、「ビッグフィフティ(Big 50th Birthday)」。スウェーデンでは日本の還暦同様に重要な「50歳の節目」を迎える。