サンゴ×AI/IoT技術で人も自然も栄える未来へ。好きを軸に熱量を生み出し、世の中を変える 2024/03/04

#16 高倉葉太さん| 株式会社イノカ 代表取締役CEO

TSUNAGU[つなぐ]
さまざまな出会いや気づきから、「好きなこと」「伝えたいこと」その熱意を原動力にして、自分のスタイルで発信する「人」にフォーカスします。それぞれのサステナブルへ“つなぐ”、発想や取り組みを紹介。





株式会社イノカ 代表取締役CEO/高倉葉太(たかくら ようた)

1994年生まれ。兵庫県出身。東京大学工学部を卒業、同大学院暦本純一研究室で機械学習を用いた楽器の練習支援の研究を行う。2019年4月に株式会社イノカを設立。サンゴ礁をはじめとする海洋生態系を室内空間に再現する「環境移送技術®」を構想し、研究開発を推進。2021年10月より一般財団法人 ロートこどもみらい財団 理事に就任。同年、Forbes JAPAN「30 UNDER 30」に選出。



世界初のサンゴの人工産卵に成功



“環境移送ベンチャー”として知られる、株式会社イノカのオフィスに並ぶ水槽の中には、色も姿かたちもさまざまな水中生物が生きている。汚れや曇りのない美しい水槽の中でひときわ目をひくのが、色鮮やかなサンゴだ。





「サンゴってそもそも何か、ご存じですか?石でもない、植物でもない、実は動物なんですよ。刺胞(しほう)動物という一種で、クラゲやイソギンチャクもその仲間ですね。人間からしたら考えられないような生態をたくさん持っている、本当に興味深い生き物なんです」

代表取締役CEOの高倉葉太さんの、静かな情熱を宿す口調に、こちらも思わず聞き入ってしまう。

サンゴ礁は地球の表面積の0.2%未満程度でありながら、生物種の数が地球上で最も多い場所のひとつ。豊かな生物多様性を育んでいる。ところが、温暖化による海水温上昇が原因で多くのサンゴが死滅し、世界のサンゴの75%が現在存続の危機に晒されている。

このような状況下、イノカの高倉さんたちが取り組むのが、水槽の中に海の生態系を切り取って再現する「環境移送技術」。これは、AIとIoT技術を活用して海の環境を自然に近い形で水槽内を再現する独自の技術だ。この技術により2022年、飼育が最も難しいと言われる生物のひとつであるサンゴを、アクアリウムという人工の空間で、年に1度6月にしか産卵しないサンゴを真冬に人工産卵させることに、世界で初めて成功させた。これにより、イノカの技術は、企業による研究やサンゴを守っていく意義を伝えるための教育に貢献する事例として世界中で注目を集めている。

高倉さんが、イノカを立ち上げるきっかけは幼少期にある。生き物好きだった祖父や父親の影響で、幼い頃から、犬や猫、鳥類から昆虫にいたるまであらゆる生物に触れながら過ごしてきた。中でも高倉さんの興味を最もひいたのが、水生生物を水槽の中で飼育する「アクアリウム」だった。





「とにかくどんな生き物も好きです。その中でも特にアクアリウムだと、水槽の中で小さな地球をつくっているような感覚を味わえるんですね。機械をいじるのも好きだったので、ろ過装置やいろいろな機械を駆使して両方の楽しみを味わえることが魅力で、どんどんのめり込んでいきました」

中学2年生の頃からアクアリウムを趣味として始めた高倉さん。情報を得るためSNSを活用して出会った「アクアリスト」たちと水槽を見せ合うなどして交流を楽しんだ。アクアリウムを趣味にするのは大人が多く、中高生は滅多にいなかったこともあり、コミュニティの中でも可愛がってもらえたという。

ところが、大学進学で上京したことを機に、周囲に生き物好きの仲間がいなくなり、高倉さんの心もアクアリウムから離れてしまう。



「好き」を軸に熱量を生み出し、世の中を変える



大学で機械工学を専攻したのはとても自然な流れだったと高倉さんは語る。幼い頃からレゴやプラモデルが好きで、中学生の頃にはギターのエフェクターなどの機器をつくるなどした。自分で部品を買い、インターネットで仕組みやつくり方を学び、アクアリウムと同じくらいものづくりに熱中したそうだ。

「難しそうな機械の仕組みを学んでつくるということがとても楽しくて。高くて買えない機械も、自分でつくれば安く済むし、自分の創造欲も満たせるので、一石二鳥でしたね」

中学2年生の時に発売されたiPhoneの革新性は、「世の中を驚かせるものづくりがしたい」という高倉さんのモチベーションにますます火をつけた。

「一時は周囲の勧めもあって医者をめざすことも考えたのですが、自分の強みを活かすならスティーブ・ジョブズみたいにものづくりで起業するのが一番向いているのではないか、という考えに至りました。アクアリウムはあくまでも趣味だったので、大学で生き物について学ぶことは考えませんでした。僕は音楽も好きで、ロックスターへの憧れもありましたし…。自分も何者かになれるのではないか、もっと目立ちたい!という衝動が抑えきれなかったですね (笑)。大学に進学する前には、起業という夢に向かう決心をしました」

ところが、大学院に進んだ高倉さんは、起業したいけれど、何をつくりたいのかは見えておらず、進路に悩んでいた。そんな時、高倉さんはのちに「師匠」と呼ぶ存在になる、とある起業家と出会う。
「君に何か軸はないのか?」と初対面でお叱りを受け、その言葉でハッと思い浮かんだのはアクアリウムだった。実は高倉さんは、以前に大学でアクアリウムとIoTを掛け合わせたデバイスをすでに開発していた。当時は、さまざまな分野でIoTやAIを使用したデバイスが出始めた時代。自分にしかできないテーマは何だろう、と考えた結果アクアリウムを開発テーマに選んだそうだ。





「でも趣味でしかなく、そこにはマーケットがないと思っていたので仕事にすることなんて考えてもみませんでした。師匠の言葉を受けて、アクアリウムの世界に関わる人たちの話を聞いて業界の色々な面を見ていくうちに、自分がアクアリウムを好きな気持ちに改めて気づき、アクアリストの熱意にも改めて魅せられました。そのアクアリストたちの熱量と社会に価値を生み出す仕事を結びつければ、大きなイノベーションが起こせるかもしれない。その両方を知る自分がやるしかない!と決意できました」

起業にあたって、高倉さんが特に注目した水生生物がサンゴだ。アクアリウムにも色々なジャンルがある。淡水、海水の別や、メダカや金魚、エビなど、どのような種類を選び、飼育するのかも人それぞれだ。

「サンゴは非常に飼育が難しく、とてもユニークな生態をしていて、まだまだ分からないことがたくさんあるのが面白いところですね。サンゴが僕の行き着いたアクアリウムの境地です。サンゴとAIをテーマに事業を始めようと決めました」



「素人発想、玄人実行」が予想もしないイノベーションのカギとなる



現在イノカは、研究と教育の二つの事業をメインに、サンゴのアクアリウムをオフィスや商業施設に設置するサービスを提供している。起業当初はなかなかアクアリウムにお金を出してくれる人はおらず、苦労したという。技術やサービスの魅力を高倉さんたちがひたすら語るだけでは、なかなか相手に伝わらない。そこで思いついたのが、教育プログラムとアクアリウムをセットにすることだった。ワークショップを通してアクアリウムの魅力が徐々に伝わっていった。中でも、小学生を対象にした「サンゴ礁ラボ」には、のべ6000名が参加してきた。サンゴを通じて、生き物の面白さや可能性、深刻な環境問題について楽しみながら学ぶプログラムだ。

「サンゴ礁ラボでは、自然の中での『ものの見方』を教えています。しっかりと1匹の生き物に目を向ける『見る目』を養ってもらいます。サンゴを中心に、生態系について学んだり、人間との関わりを学びます。その上で、サンゴに棲む生き物からどんな発明ができるか、あなた自身の夢とサンゴや海がどのように関わるのかを考えるプログラムになっています。このワークショップに参加した子どもたちの中には、ものの見方が変わって、共同研究したいと言ってくれる子もいます。子どもたちの発想はとても素晴らしいので、柔軟に取り入れていきたいと思っています」



2020年から実施している「サンゴ礁ラボ®」。生態系・環境問題・人と自然の共栄のシンボルであるサンゴという生き物を通じて、海や生き物の面白さや可能性、深刻な環境問題といった重要なテーマについて、楽しみながら学ぶことのできる小学生向けのプログラムとなっている。



高倉さんは大事にしている価値観の一つとして「素人発想、玄人実行」を挙げている。大学院の時にお世話になった先生から教わったものだそうだ。常識を常に疑い、素人ならではの柔軟な発想で取り組むことにより、革新的な発想を生み出すことができる。イノカでも、この指針に倣い、専門外であっても積極的にアイデアを出し合っている。アイデアの実行時には高い専門性で、大胆なアイデアを細部までこだわり形にしていく。このサイクルこそがイノカの挑戦を支え続けている。



全ての人が自然への知的好奇心を持っている



イノカのメンバーは全員、自宅にアクアリウムを持つ熱心なアクアリストだ。真冬に海外へ行き2時間岸壁に寝そべって魚を捕らえたり、雨が降る中でも磯で生き物を探すこともある。それらをためらわず行える彼らの原動力の中心には、“生き物が好き”という気持ちがある。

「何をやるかより、誰と一緒にやるかを僕は結構重要視します。アクアリウムをライフワークにしたのは、仲間との出会いが何より大きい理由でしたね。単に好きを仕事にすると辛くなることもあるでしょう。僕たちの活動は『好きなことを軸に仕事をしている』ので、アクアリウムが好きですが、環境移送技術をどう世の中への貢献につなげていくか、価値を生み出していくことを考えているので、夢に向かった時、新たなイノベーションが生まれていくと信じています」





地球環境が危機的状態にあり、サステナブルな社会のあり方が必須であるこれからの時代も、「好き」が大切になっていくと高倉さんは語る。

「どんな業界の方も、自分の『好きを軸』に熱意と探究心から世の中を変えていけたらいいなと思います。そして、その『好き』が、少しでも自然科学というものに向けられたらとても良いなと思っています。知的好奇心は元々人間に備わっているもので、大人になっても蘇らせることができると思うんですよ。例えば、植物が紅葉することは当たり前だと思っているけれど、その理由を知らない人が多いですよね。当たり前だと思い込んでいることに対して『でも、どうして?』『不思議だ、なぜだろう?』と、もっと知りたいと思う気持ちを持ってもらえるといいですね」

好奇心は、サステナビリティを考える上でも大切だという。

「この考え方は結構重要で、例えば、紙ストローがこの頃世の中で増えていますよね。でも、紙ストローを使うことによって『実際に地球環境がどう良くなっていくのか』を考えて選ぶ人は少ないと思います。何となく、周りが紙ストローが良いというから、そこで思考を止めてしまうんですけど。『あれ、この紙自体はどこから来るんだっけ?』とか、『プラスチックを再利用して循環した方がサステナブルなんじゃないの?』と、まず目の前にあるものを疑って考えてみることが、新しい発想を生み出すことにもつながります。周りに左右されない、自分のものの見方をした方が良いですし、そこから新しい発想を生み出す人が増えるととても嬉しいなと思います」

最後に、高倉さんのめざす未来について聞いてみた。

「僕たちがミッションとしてかかげているのは『人類の選択肢を増やし、人も自然も栄える世界をつくること』。環境に対して、A or Bではなくて、新たなCやDやEなどの選択肢を増やして、新しい循環を世界中に起こしていきたい。そして、人と自然と共栄。自然環境を整えるだけではなく、生き物の力を活かして薬や化粧品、エネルギーを生み出すなど、環境と経済を両立できるような一石二鳥な仕組みをつくることをめざしたいです」