A SUSTAINABLE LIFESTYLE 2023/08/21

#05 佐藤欣裕|もるくす建築社代表

A SUSTAINABLE LIFESTYLE
電気自動車に乗って、興味深い生き方をしている人たちに会いにいく。
西へ東へ、それぞれのサステナブルライフ



もるくす建築社代表/佐藤欣裕

さとう やすひろ 1984年生まれ。秋田県美郷町出身。一級建築士。独学で建築を学び、スイスやオーストリアのサステナブル建築から大きく影響を受ける。2012年「もるくす建築社」代表に就任、環境建築分野を中心に、住宅や店舗などの設計施工を手がける



環境と調和する建築を目指して





 住宅とクルマは、類似点が多い。そのハコのなかで人間がいかに快適に過ごせるかが存在価値に関わってくるところなどは、とりわけ重要な共通性だろう。メーカーはその質を上げるのにしのぎを削り、ユーザーにとってはそこが選択の決め手にもなってくる。


 大工の祖父、施工設計者の父の後を継ぎ、三代目として「もるくす建築社」を営む佐藤欣裕は、生まれも育ちも秋田県だ。八年前、大仙市に自ら設計したオフグリットの自邸を構えた。気温の高い夏の午後、汗ばむ身体で室内に入った瞬間は正直、むし暑さを感じた。それもそのはず、
「この建物には、エアコンがないんです」と佐藤はこともなげに言う。「でも、ちょっとここに来てみてください」。促されるまま、庭に面して少しだけ開けられた掃き出し窓の前に立つと、頬を風がなでた。


「外からの風ではなく、建物のいちばん高い部分に穴があいていて気圧差で空気が動いているんです。この地域は夜間に温度が下がるので、その冷気を取り入れたりもしています」


 そうしているうちにも徐々に、室温に慣れてきた。


「冷たいものを飲むなど、身体を落ち着かせる工夫はできるはず。そういう人間の作業が入るのをよしとするかどうかの問題だと思うんです。ただ、建築の環境づくりでは、短距離走みたいな設備の動かし方は非効率でNG。人間にとっても、灼熱の屋外から突然、強制的に冷やした空間に身をおくと、身体に負担がかかってしまいます。変化をなだらかにするのは、建築環境サイドでやることなんですね」


 反対に冬場はといえば、暖房器具は薪ストーブのみだという。


「でも日射が出れば、翌日までは暖房も不要。ウッドファイバーを詰めた壁で断熱し、リビングの背景には構造と断熱を兼ねて地元の院内石を使っています。この建物は物質の原始的な原理で成り立っていて、実は経済的。高性能住宅は、ランニングコストもかからないんですよ」


 オフグリットとはあくまでもライフスタイルの問題であって、人に押しつけるつもりは毛頭ない。だが建築するにあたり、建物の内外への環境配慮と調和は目指したいという。





〝大きな矢印〞のなかの私たち



ソーラーパネルが設置されている完全オフグリットの自邸



 佐藤は独学で建築を学んだ。アメリカやスイス、オーストリアなど、興味の向く場所に赴いては自分なりに見聞を重ねていった。雪国である地元に対するより深い理解と、そこで自分が行う建築設計の仕事へのアイデンティティと。その地固めのため、海外の寒冷地のサステナブルな建築にヒントを求めたのだ。


「秋田のような厳しい気候においては建物環境の質を上げるのが必然的に肝要になってきますから、資源の循環が成り立つ物質性に自然と思いが向いていったんですね。スイスには規制がかなり厳しいなかでユニークな建物をつくっている人たちがたくさんいるし、オーストリアには環境型建築が発達している特殊なエリアがあります。欧州の技術を学びながら、日本での、秋田での建築のあり方を自分なりに考えてきました」


 そのようにして佐藤のなかに自ずと培われたのが、サステナブルな視点だったのだ。


 ひと昔前までの日本の建築業界は、建築家の個性をいかに突出させるかで争われており、それでユニークな建築も確かに多く生まれた。だが現在は、サーキュラーエコノミーなり、環境問題なり、社会的に取り組まなければならない課題が明確に見えていて、建築はそのなかで考えられるべき時代になってきた、と佐藤。


「いまや、僕らみんなが向かうべき〝大きな矢印〞とでもいうべき方向性があります。社会でやらなくてはいけないこと、求められていることは遵守し、そのなかでアイデンティティを見出していくということです。そうすると当然、建築のつくり方も変わってきますよね」


 では、クルマはどうだろう。ボルボは、2040年までに事業全体でクライメートニュートラルを目指す。販売するクルマすべてを2030年までに電気自動車にするのはあくまでも、その目標に到達するための段階なのだ。環境に負荷を与えないモビリティの実現。これもまた佐藤のいう〝大きな矢印〞のなかでの挑戦といえるだろう。



誰のためのテクノロジーか



 自邸から東へクルマを走らせ、美郷町の「もるくす建築社」へ。佐藤が日々、運転している通勤路だ。事務所には、電気自動車で時折、里帰りしてくる義兄のためにEV充電器が設置されている。だから「電気自動車に対して偏見はないほうですけど、それでも、思っていたよりも滑らかですね!」と、C40のハンドルを握りながら佐藤は声を上げた。


「自動の回生ブレーキの入り方もスムーズで、ワンペダルのオートモードが僕にはちょうどいい。補助はしてくれるけど、自分の足できちんと踏む動作が残されていることに好感が持てます。僕ら同業者でよく議論になるのが、人の介在をどのくらいにするかということ。あまりにも環境側が制御しすぎて、僕らが本来持っているセンサー機能を使わなくなると、人の思考というものがなくなってしまいます。今日の天気もわからないなんてことが起きてしまう恐れだってある。それって本当にいいことなのか、人間的なのか、って」


 テクノロジーは本来、それを利用する人間のためにあるべきだ。ところが時として、技術そのものが目的に置き換わってしまうことがある。


「そういうプロダクトは、いくら先進的でも画期的でも、つまらないと思ってしまいます。やっぱり人間に向かっているほうが魅力的なんです。そこを考えてつくっているかどうかが、後々にまで残る価値のあるものになるかどうかを左右すると思う。その点、北欧のデザインはシンプルでナチュラルななかに、人間らしさを感じるものが多い。たとえばアルヴァ・アアルトが半世紀以上前の建築家ながら未だに支持されているのは、彼の建築がすごく人間くさいからなんじゃないかな」


 C40であれば、それはたとえばダッシュボードのデコパネル。スウェーデンにあるアビスコ国立公園の山々の等高線モチーフがあしらわれており、トンネルに入った際などにバックライトで浮かび上がる。再生プラスチックを使ったポリカーボネート製という環境に考慮した素材を選ぶだけでなく、そこに遊び心を加えているのだ。


「木目調など自然素材に似せる方向ではなく、あくまでもポリカーボネートでしか実現できないような、それでいて無理のないデザインで、かつ雰囲気がいい。素材は特性によって適材適所で使い分けするべきだし、デザインに必然性があることも同様に重要です。しかも人間味があって。こういうのは、愛着が湧きますね」


 佐藤の考える建築のあるべき姿とボルボには、親和性があるようだ。


「電気自動車にまともに乗ったのは初めてですが、滑らかさは当然のことながら、パワフルさには驚きますね。安定性やレスポンスの良さにも。特に高速でアクセルをグンと踏んだ時の加速感が強烈でした。渾身のストレートというよりは、いい意味で力の抜けた、きれいな回転のストレート、そんな印象です。今までは電気自動車に対して先進的だなというくらいのイメージしか持っていなかったんですが、今回試乗してみて、走り、デザイン、素材への考え方に触れ、非常に興味が増しました」



循環型の社会へ



VOLVO C40 RECHARGE PURE ELECTRIC 車両本体価格¥6,990,000~



 建築においても、クルマにおいても、サステナブルな視点はもはや不可欠。だが、それを優先するあまりにテクノロジーに偏り、美しさや楽しさ、心地良さなど、人間の感覚をないがしろにするようでは本末転倒だ。長く使える、大事に使いたい、直しながら使い続けたい。そう思えるようなクリエイティビティは、今後ますます必要となっていくだろう。
「今までは、つくって廃棄するという直線型だったんですよね。それがくるっとまわって循環型になっていくのが、これからの時代の特徴になっていくんじゃないでしょうか。サステナビリティというのは、自分の前にも後ろにもある。自分を通過して、他の誰かにつながっていくことです。建築もその一部になってほしいと思っています」


 建築、クルマ、それぞれのアプローチで、みんなで〝大きな矢印〞の方向に進んでいく。


「それがきっと、本当の意味で手を取り合って、いい社会にしていくことになるのではないでしょうか」


「SWITCH VOL.41 NO.9から転載」



PHOTOGRAPHY: KATO JUNPEI TEXT: NOMURA MICK