A SUSTAINABLE LIFESTYLE 2023/05/16

#1 大谷幸生|フラワー・アーティスト、レイ・メイカー

A SUSTAINABLE LIFESTYLE
電気自動車に乗って、興味深い生き方をしている人たちに会いにいく。
西へ東へ、それぞれのサステナブルライフ



フラワー・アーティスト、レイ・メイカー/大谷幸生

フラワー・アーティスト、レイ・メイカー。アトリエでのレイ教室ほか、全国各地でレッスン、ワークショップを開催。「レイ作りを通して日本の花を元気にしたい」と、全国の花栽培農家や自治体との交流・活動をおこなう。「UMAHANA」https://umahana.com



マナを宿す花道、レイ





 曇り空、早春の日曜日の朝、大谷幸生はボルボXC40の電気自動車(EV)を運転して、東京湾アクアラインを走っている。


 大谷は、およそ日本でただ一人の、生花でレイを編むことを生業としているレイ・メイカーである。東京、五反田にアトリエを構え、早朝生花市場へ行き、季節ごとのフレッシュな花でレイを編む。東京、大阪ほか各地でレイ教室、ワークショップを開く。学校、公民館、公園や広場など、「花があればどこへでも行って編みますよ」と大谷は微笑む。


「実は、電気自動車を運転するのはこれが初めてなんです。自分が親しんできたガソリン車とはだいぶ違うのだろうなと思い、正直に言うと、前日から緊張していました。ところが、ステアリングを握って走り出したら、拍子抜けするくらい(ガソリン車と)違いがない。もちろん音は静かだし、アクセルに対するレスポンスが良く、すごいなと思ったところはいくつもあります。でも、僕にとって一番の驚きは、違うけど違わない、ということ。電気自動車も同じクルマでした。


 それでも、加速のクィックさは新鮮でした。ガソリン車のようにエンジン回転を上げて加速するのではなく、アクセルを踏むとクルマが瞬時に反応し、力強く加速する。よいしょ、という感じがまったくない。このクルマは、何をするときも涼しい顔でやってしまうんですね」


 今朝、EVのXC40を運転して大谷が向かっているのは、千葉県内房の君津だ。大谷が長年通うパンジー農園がある。


「三月初旬の今は、パンジーの最盛期です」と大谷が教えてくれた。


「好きな花は? と問われると、僕はいつもパンジーと答えます。すると相手は意外な顔をします。バラやヒマワリに比べ、パンジーは地味な花だから。足下の花壇にさりげなく並んでいることが多く、たとえばプレゼントにパンジーの花を持っていく人はまずいないと思います。でも、カラフルで甘い香りのするパンジーは、僕のお気に入りの花です」


 どんな花でもレイになるんですか、と訊ねると、大谷は少し黙ってから、「今となっては、僕はどんな花でもレイを編みます。何の花でも、葉でも作る。レイを教えてくれた先生が、日本の花を使って編みなさい、と僕に言いました。あなたは日本人だから、日本各地のあらゆる花や植物でレイを編むのがあなたの役目だと」


 大谷が学んだのは、ハワイ島に暮らしたハワイ文化の研究者で、教育者、レイ作りの第一人者であった、マリー・マクドナルド。ハワイでは、フラや先住民文化などを教えるマスターのことを、リスペクトを込めて「クム」と呼ぶが、マリー・マクドナルドはレイの世界の偉大なるクムであった(2019年に死去)。





レイとサステナブル





大谷は数年間かけて、日本全国すべての都道府県、さらにいくつかの離島へと、五十カ所以上の農園を巡り、花の生産者たちと交流し、その土地の花や葉でレイを編んできた。その旅の過程で大谷は、実にショッキングな景色を目にした。「美しい花の咲く畑の入口に、棄てられた花が山になっていた。フードロスならぬフラワーロス。形が悪い、色づきが悪いというだけで、大量の花が廃棄されていた。売り物にならない花でも、レイを編める。レイを編む楽しみ、レイの素晴らしさを多くの人に知ってもらえたら、農園の人がレイを編めたら、廃棄される花が減っていくんじゃないか。


 たとえば青森のリンゴ農家は、美味しいリンゴをならせるために白く可憐なリンゴの花を切って落として棄ててしまう。リンゴの花が市場に出回ることはない。僕はそれを何とかしたい。形の悪いリンゴはジャムになって道の駅や市場に並ぶ。ではその横に、白いリンゴの花で編まれたレイがあったらどうだろう。買う人は喜ぶんじゃないか。自分ひとりでできることは限られているけれど、僕は、花が棄てられていくのをただ見ているだけでいたくない」


 昨今フードロスについては議論が高まってきているが(それでも無駄はあまりにも多い)、他にも無駄なロスは様々に大量にある。衣服、生活用品、嗜好品、切り花や観葉植物もそう。花や植物は自然環境そのものだから、そのロスを少なくすることは、持続可能な循環型社会に向けて必須の取り組みともいえるだろう。



「レイは、もともと儀式のために編まれていました。植物を身につけるというのは、その植物が持つ〝マナ〞を身に纏うことでもあった。レイは元来、神様への捧げ物であり、神の存在に近づくためのツールでもあったんです」


 ハワイの自然には「マナ」と呼ばれる霊力が宿っているという。ハワイでは、花や樹木はもちろん、石や岩にもマナが宿るとされ、だから


「岩は勝手に動かしてはいけない」「石を持ち帰ると悪いことが起きる」「花を摘むと天気が悪くなる」などなど、言い伝えは多い。


 日本人も古来、八百万の神々を信仰してきたので、実はよく似ている。万物に生命が宿ると日本では考えられてきた。映画監督の宮崎駿は作品の中で、森や古い家の中に棲む「小さな神様」の存在を、いろんな姿、形で表現してきた。


「マイレという葉で編むレイがあります。マイレは神が宿る神聖な葉とされ、そのレイをかけることで、神々から祝福や愛を得られるとハワイでは信じられてきた。身体が弱っている時、海藻のレイを首にかけるという言い伝えもあります。病に伏せた人を海に連れて行き、海藻のレイを海に浮かべ、その人を海に潜らせ、水面に浮かぶそのレイの真ん中から顔を出させる。頭がレイの輪を通る時、邪気や病が抜けていく」





大谷はかつて、マリー先生からこう教わった。「森の花で編まれたレイは、枯れたら森の土に還す。翌年またきれいな花を咲かせてくれる」


 この教えのベースにあるのが、環境保護とサステナブルの精神だ。大谷はここ数年、各地の農園だけではなく自治体にも声をかけ、廃棄されていく花や植物を活かす取り組みを模索している。道半ばだが、沖へと漕ぎ出さなければ何も始まらない、変わらない。


 松本夫妻が営む君津農園に到着した。パンジーが並んだビニールハウスに入ると、甘い香りに包まれる。


大谷は農園主の松本珠代と言葉を交わすと、パンジーを摘んでいった。


 ボルボXC40の荷室をテーブル代わりにして、大谷がレイを編む。何千というレイを編んできたレイ・メイカーにとって、松本農園のパンジーは、最も親しんできた花のひとつだ。呼吸をするくらい自然にするするとレイが編まれていく。黄色いパンジーのレイは、ボルボのセージグリーンメタリックのボディカラーに、実によく似合う。


「きれいな色ですよね。セージという植物をモチーフにしているから、とてもナチュラルな印象です。


 千葉県外房の海辺の道を走っている時には海の音がよく聞こえて、君津へ向かう田舎道を走っている時には畑の音を感じた。ガソリン車と違い静かだから、自然の音が聞こえてくる。EVっていいなと思いました。大好きなパンジーの咲いている場所で排気ガスを出さない! 最新のクルマなのに、自然に近い乗り物だなと感じました」


 ボルボは、2030年までには全販売車を電気自動車にする、という目標を掲げている。2040年には、事業全体でCO2を出さない、いわゆるカーボン・ニュートラルの実現を目指している。


 ボルボは、排気ガスを出さない、安全で安心なクルマの企業というだけではない。地球規模の視野を持ち、持続可能な循環型社会を実現するための責任を果たそうとしているのだ。


 大谷が花の世界でチャレンジしていることは、規模は違うが、同じである。


 自分が楽しいから、人々を喜ばせたいから、そして、廃棄される花を少しでもなくすために、大谷は今日もレイを編み、人々にレイ作りの歓びを伝えている。


「SWITCH VOL.41 NO.5から転載」



PHOTOGRAPHY: KATO JUNPEI  TEXT: IMAI EIICHI