伝統食を新たなスタイルで継承する。地域と共につくるナチュラルエナジーバー。 2023/04/04

#13 リップス デイビット マイケルさん|1Blue株式会社代表

TSUNAGU[つなぐ]
さまざまな出会いや気づきから、「好きなこと」「伝えたいこと」その熱意を原動力にして、自分のスタイルで発信する「人」にフォーカスします。それぞれのサステナブルへ“つなぐ”、発想や取り組みを紹介。



1Blue代表のデイビットさんと柿栽培に携わる佐久間さん。



1Blue株式会社代表/リップス デイビット マイケル

オランダ出身。2017年に研究者として来日し、現在、山形県鶴岡市在住。もともとアクティブな性格で、登山やサイクリングが趣味。オランダや、かつて住んでいたことのあるアメリカでは、こうしたアウトドアシーンで手軽に栄養補給ができる「エナジーバー」が種類も豊富にそろっていたが、日本には充分に無かった。「無いなら、理想のエナジーバーを自分でつくろう!」と考えていたところに、知人の紹介で出会った、柿農家の佐久間さんと意気投合。地元の食材を守り、発信していきたいと考えていた佐久間さんと共同で、庄内の素材を使用したオリジナルのエナジーバー「SHONAI SPECIAL」を開発。日本のスーパーフードとも言われる干し柿や玄米などを現代のライフスタイルに合わせた形に生まれ変わらせ、発信している。



知り合いのいない庄内で、食文化と自然に魅了された



「デイビットさん、こんにちは!」

とある日の昼下がり、下校中の小学生たちが元気よく親しげに手を振っている。

笑顔で手を振りかえすのは、オランダ出身のリップス デイビット マイケルさんだ。

デイビットさんが暮らすのは、山形県の庄内地域に位置する鶴岡市。四方を海と山に囲まれた自然豊かな土地で、山伏の修験の場としての1400年以上の歴史も持つ。また、質の高い農作物の産地でもあり、日本で唯一「ユネスコ食文化創造都市」にも指定されている。そんな食の都・庄内でデイビットさんがチャレンジしているのが、干し柿や玄米など、庄内の伝統食を活かしたエナジーバー「SHONAI SPECIAL」の製造と販売だ。

そもそも、デイビットさんが庄内に来た理由は、本業であるバイオテクノロジー研究者としての仕事のため。幼い頃から家族で週末にキャンプを楽しんでいたこともあり、自然の中で遊ぶのが好きだった。また、「体に良いものを」と、いつも家族の健康を気遣いオーガニックの食材を使っていた母親の影響もあり、健康である幸せを感じると同時に、どうすれば人間は健康に生きていけるのかということにも興味があった。高校生の時、自然界の植物や動物、自分たち人間の細胞がどうやって機能して存在しているのか学ぶ生物学に出会い、勉強にのめり込んだ。研究者を志したのはとても自然な流れだったと言う。





就職先を探していたところ、ビジョンに強く共感したのが、庄内のとある企業だった。なんと、2017年に来日した時は、日本に知り合いは一人もおらず、日本語も1か月学んだだけで日常会話もままならない状態だったそうだ。自分のやりたいことが実現できるという熱意だけがデイビットさんを動かしていた。

「意義のある仕事ができると感じた会社がたまたま日本にあっただけなんです。不安よりも興奮の方が勝っていました。知り合いはいませんでしたが、職場もあるし、何とかなるでしょ、と気楽に考えていました。笑」

庄内に来て、デイビットさんが特に魅せられたのは、多彩な食文化と豊かな自然だった。

「オランダにいた頃は、『食べるのが大好き!!』というわけでもなかったのですが、庄内に来てみたら、お米や野菜、納豆などが本当に美味しくて。素晴らしい農家がたくさんあるのか、と感動しました。そして、概して平坦な土地であるオランダと違い、庄内には海と山の両方が存在します。夏は海遊びや登山、冬はスノーボードなど多様なアクティビティがあって、それらが大好きになりました」

四季折々のアウトドアを楽しんでいたデイビットさんは、ある1つの悩みに直面する。オランダではアウトドアシーンで手軽に栄養補給ができるエナジーバーが種類も豊富に揃っていたが、日本にはあまり無かったことだ。



「無いならつくろう!」自分のためにつくったエナジーバーが商品に



「『理想のエナジーバーが無いのなら、自分でつくろう!』と、最初は自分のためにつくっていたものを、商品として販売するようになるとは思ってもみませんでした。」

思い立ったらすぐ行動に移す原動力の根本には、デイビットさん自身が健やかに人生をより豊かに楽しみたいという願いがいつもある。試行錯誤してつくったエナジーバーの試作品を周囲の友人たちに分けるうちに、「エナジーバーを売ってくれないか?」という声をもらうようになった。試しに地元のマルシェで1日だけ販売してみると、老若男女、エナジーバーを知らない人から多くの方々が興味をもってくれた。予想以上の売れ行きで、ニーズや確かな手応えを感じたと言う。

「エナジーバーを商品化して販売するという道もあるかもしれない、と感じました。初めはデーツやナッツ、ココナッツやカカオなどを使用し、オンラインのレシピを参考に少しずつ改良して、自分の理想の味に近づけていきました。でも、美味しいけれど、オリジナリティがなく何か物足りないと感じました。『何が足りないんだろう?』と、考えた時に、庄内の素晴らしい食材や農家の存在を思い出して、それらが使えたら、大好きになった庄内に貢献できる、体に優しいスペシャルなエナジーバーが出来上がるんじゃないかと考えたんです」





デイビットさんが注目した庄内の食材が干し柿だった。種無し柿発祥の地で、庄内柿は100年以上の栽培の歴史を持つ特産物。干し柿は「次世代のスーパーフード」と呼ばれるほど高い栄養価を持っており、保存性にも優れている。エナジーバーの主原料によく使用されるデーツに食感も似ているため、うってつけの食材だと感じられた。

ところが、デイビットさんに干し柿を仕入れるあてはなく、どうしたらいいかと悩んでいた時に出会ったのが、柿農家の佐久間 麻都香(さくま まどか)さんだった。高いところに実がなる柿の収穫作業は機械では行えず、かなりの体力勝負だ。高齢になり、後継もなく辞めてしまう柿農家が後を絶たない状況をなんとかしたいと考えていた。庄内柿を今までにない形に生まれ変わらせ、多くの人に知ってもらうことで柿農家を元気にしたいと考えていた佐久間さんとデイビットさんは意気投合。共同で会社を立ち上げ、エナジーバーの製造・販売を目指すことになった。



自分のための行動が、持続的な地域のつながりを生み出した



エナジーバー製造にあたりこだわった点は3つ。まず、納得できる美味しさであること。2つ目に栄養豊富でナチュラルな原材料を用いること。そして、ありきたりなものではなく、地域のものを使った有意義でオリジナリティあふれる商品をつくることだった。
一番大変だったのは、理想の干し柿を提供してくれる農家探しだったとデイビットさんは振り返る。佐久間さん一人でつくっている干し柿の量では限界があり、誰かの協力が必要だった。

佐久間さんの柿農家ネットワークの伝手を頼り、やっとの思いで出会ったのが、柿農家の憲夫さんだった。干し柿づくりのベテランで確かな腕の持ち主。デイビットさんと佐久間さんの想いに共感してすぐに協力を快諾してくれた。エナジーバー製造に必要な量の干し柿をつくるにはかなりの人手が必要なこともあり、デイビットさんと佐久間さん自らも柿の収穫などに携わることで継続的な生産を実現した。

さらに、行動しているうちに、品質・生産量ともに東北随一とも称される庄内米を有機で栽培する板垣さんにも出会うことができた。憲夫さんの干し柿と板垣さんの発芽玄米はのちに完成するエナジーバー「SHONAI SPECIAL」の味を支える大切な柱となる。



写真左:柿農家の憲夫さんと佐久間さん、写真右上:米農家の板垣さん、写真右下:エナジーバー「SHONAI SPECIAL」。



「柿やお米の収穫の手伝いをしながら、お二人には農業についてたくさんのことを教えてもらいました。どの農家も人手不足が深刻で、私たちが手伝うことでわずかでも支援できればと考えています。また、自ら手を動かし、食材のことを深く知ることはエナジーバーづくりにも役立っています。二人とも今では、家にいって一緒にお茶を飲みながら今後のビジネスについて夢を語る大切な友人になりました。」

2020年4月には干し柿と発芽玄米を使用した2種類のエナジーバーを発売、さらに改良を重ね、2022年9月には4種類のフレーバーを発売した。エナジーバーの製造には地元の大学生などが携わり、パッケージデザインも地域のデザイナーに依頼することで地域とのつながりを大切にしている。

デイビットさんが自身のために始めたエナジーバー製造だが、行動を続けるうちに多くの人とのつながりを生んだ。たった一人で来日したデイビットさんの周りには、いつしかたくさんの仲間が集まっている。



憲夫さんの干し柿は真空パックをして保存、中には佐久間さんの栽培した干し柿も一部含まれている。干し柿の収穫・加工に二人も関わることにより、持続的な調達を実現している。



「自分一人の力ではここまで来られなかったと思います。麻都香(佐久間さん)がいなければ干し柿を手に入れることはできなかったし、憲夫さんや板垣さんに出会えなければエナジーバーを完成することはできなかったかもしれません。」



庄内発のナチュラルエナジーバーで、世界を1つのブルーゾーンに



エナジーバー「SHONAI SPECIAL」は、2022年には県を超えて、日本各地から取り扱いたいという申し出をもらうようになった。今後、「SHONAI SPECIAL」によってデイビットさんが実現したい未来はどのようなものだろうか。

「世界には5つの『ブルーゾーン』があるのをご存知ですか?健康で長生きする人が多く暮らす特定の地域を指す言葉です。ですが、私は地域に関係なく世界中の人々が健康で幸せに生きていける未来をつくりたいと思っています。世界を1つのブルーゾーンにしたい、という願いを込め、会社名も『1Blue』と名付けました。
『SHONAI SPECIAL』によって、これらを手にした方々の人生が少しでも健康で豊かなものになれば嬉しいです。」





1Blueを共に経営する佐久間さんは、デイビットさんのことを、「優しくて、お茶目、そして頑固。自分が納得するものが完成するまで、とにかく妥協しない人」と語る。

今後はもっと販路を広げていきたいとデイビットさん。新たな製品づくりにも妥協がない。庄内の食材を使用した新フレーバーのエナジーバーや、新商品を試作中だ。新たな農家さんともつながり、庄内の食を伝えていきたいと語る。
「庄内の伝統食を現代に寄り添った新たなスタイルで伝えていくことが、今の私のミッションです。オランダの友人へのお土産にSHONAI SPECIALを持っていくと喜んでくれます。ゆくゆくは世界中に輸出もしていきたいです。オランダ?ミッションを果たすまでは、まだまだ帰ることはできないですね。」