社会を豊かにする次世代の食糧を求めて。 2022/09/15

#09 葦苅晟矢さん|株式会社エコロギー 代表取締役CEO

TSUNAGU[つなぐ]
さまざまな出会いや気づきから、「好きなこと」「伝えたいこと」その熱意を原動力にして、自分のスタイルで発信する「人」にフォーカスします。それぞれのサステナブルへ“つなぐ”、発想や取り組みを紹介。





株式会社エコロギー 代表取締役CEO/葦苅晟矢(あしかりせいや)

株式会社エコロギーの代表取締役CEO。大学に入学後、模擬国連活動をきっかけに食料問題と昆虫食に興味を持つ。早稲田大学商学部卒業後に理転して同大学院先進理工学研究科に入学。現在、株式会社エコロギーの代表としてビジネス展開とともに、早稲田大学と東京農工大学などと共同で昆虫テクノロジーの社会実装を実現するための研究開発に取り組んでいる。
主な経歴・受賞歴:文部科学大臣賞2016、TOKYO STARTUP GATEWAY2016 最優秀賞、Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019、三菱UFJ銀行主催ビジネスコンテスト2020優秀賞、SDGs 起業家コンテスト「ソーシャル・イノベーション・チャレンジ日本大会2020」最優秀賞を受賞など。
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新たな食として注目される「スーパーフード」



「コオロギ、抵抗ありませんか?よろしければどうぞ。」と、大手メーカーと共同で開発中のコオロギパウダーを使用した豆菓子を丁寧な語り口調とともに差し出してくれた葦苅さん。その様子は何かを押し付けるわけではなく、卑下するわけでもなく、とても自然体だ。

差し出された豆菓子は、日常に馴染みのある見た目をしており、コオロギの粉末が使われているとは一切分からない。「昆虫食」と聞くと、一匹丸ごとの姿形のまま食するような、いわゆる「ゲテモノ」の印象がまだまだ払拭されないが、そのイメージとは全く異なる体験だ。口に入れてみると、ほどよい塩味と、しっかりとした旨味が感じられて美味しく、おやつにも、お酒のおつまみにもなりそうな味が口内へ広がる。



エコロギーが大手メーカーと共同開発中のコオロギパウダーをまぶした豆菓子。コオロギには、エビやカニなどの甲殻類に似た成分が含まれているので、しっかりとした旨味を堪能できる。



「昆虫食」をテーマに、全く新しい食の体験を提供しているのが、葦苅さんが大学在学中に立ち上げた、株式会社エコロギーだ。コオロギパウダーやコオロギエキスを中心に、コオロギを使用した原料や食品、ペットフードなどを展開している。主なマーケットは日本だが、コオロギの生産は最適な環境を備えるカンボジアでおこなっており、葦苅さん自身も2018年にカンボジアへ居を移している。

世界の人口は増加の一途を辿っており、2050年には97億人に達するとの見方もある。人間に必要なタンパク源としての畜産や水産養殖は環境負荷が高く、従来の方法で地球環境と人間の健康を両立していくのは難しいことも多い。そこで、新たな食として注目されているのが「昆虫」だ。葦苅さんは昆虫の中でも「コオロギ」に着目、それらを養殖し使いやすく加工した原料を商品としたビジネスを展開している。コオロギに着目する理由は主に3つだ。

1つ目は、食品トップクラスの栄養素を持つことだ。高タンパクであることはもちろん、亜鉛や鉄分などのミネラルも豊富に含む。さらに、エビやカニによく似た強い旨味を持っている。
2つ目は、環境負荷が非常に少ないことだ。狭い場所でも、たくさんの個体を飼育できる上、環境負荷も非常に低い。コオロギを育てるのに必要なコストは、同量の牛肉を生産する場合と比べ、水は2000分の1、飼料は100分の7、温室効果ガスは25分の1。このことから見ても、コオロギ食は非常にサステナブルな次世代の食を担う存在であることが分かる。
3つ目に、飼育の容易さ。事業を始めた当初、葦苅さんは飼育方法を研究するため、数匹のコオロギを自宅に迎え入れ、自己流で飼育を行った。約1畳のスペースで育てたコオロギは、数ヶ月後には1000匹に増えたという。「育てたことのない自分でも、コオロギの繁殖に成功したという体験が、『食糧問題にアプローチができるし、ビジネスにすることができるはずだ』という確信につながりました」



人間が壊してしまった生態系をもう一度取り戻したい



葦苅さんが昆虫食ビジネスに取り組もうと思ったのは、大学で参加した模擬国連がきっかけだったという。高校時代は全寮制の学校で過ごし、朝起きる時間も、部屋に戻る時間も決められていた。その頃はとにかく周囲に合わせようと必死で、何かを成し遂げたいという夢もなかったそうだ。そのような環境だったからか、外の世界に目が向いて「海外ってかっこいいな」と、なんとなく参加したのが大学に入学後に出会った模擬国連活動だった。
「模擬国連に参加していた仲間たちが、活き活きと夢に向かって活動していたのが衝撃的で。非常に刺激を受けました。その時から『もっと人と話したい、様々なことを知りたい』と思いが強くなりました」
たくさんの議題を扱う模擬国連で、最も葦苅さんの興味をひいたのが「食糧問題」だった。大分県で生まれ育った葦苅さんにとって、豊かな海産物や水産養殖は非常に身近な存在だったが、小さい頃から違和感を抱えていたという。「養殖における魚の餌となるのは、成長途中の小魚。海からドバっと大量の小魚を採ってきて魚粉にして与えているのを目の当たりにしました。自然界には食物連鎖という掟があるのに、それを人間の都合でねじ曲げている実情に、『いいのかな、持続的ではないよな』と思っていました。身近な産業と結びついたことも、数ある議題の中で食糧問題に興味を持ったきっかけかもしれません」





葦苅さんが食糧問題に興味を持った2013年、国際連合食糧農業機関からひとつの報告書が公表された。その名も「食品及び飼料における昆虫類の役割に注目する報告書」。その内容は、昆虫食の歴史からその有用性を紐解き、次世代の食糧としての展望を記したものだった。「当時は『昆虫食』というワードすら知られていませんでした。それでも、まだ眠っている資源、可能性のかたまりである『昆虫食』にとてもワクワクしました」と、葦苅さん。

昆虫食の未来について、周囲に熱弁しても全く理解されず、なかなか受け入れられない。それでも、可能性のある未来への自身のワクワクする気持ちが勝った。「私自身、幼少期は自然豊かな場所で育ちましたが、虫採りをしたことは殆どなく、どちらかというと得意ではありません。一方で、小さい頃から『サイエンス』としての生物たちにとても惹かれていました。食物連鎖による命の循環、完璧に調和が取れている自然界の生態系にはなんだかビビッとくるものを感じます。同時に、人間の都合でその完璧な構図を壊してしまっていることに違和感もある。だからこそ、地球にも人間にも優しい生態系をつくりたいと考え始めました」



地球環境にも、社会にも優しい「温かい食糧生産」



昆虫食ビジネスを展開する事業者も増えてきたが、株式会社エコロギーは循環型かつ分散型の生産モデルを採用しているのが特徴だ。「社名の通り、コオロギにとっても、地球環境にとっても、人間社会にとってもエコでサステナブルなコオロギ生産にとにかくこだわりました」
葦苅さんは、コオロギにとって最も居心地の良い温暖な環境と、もともとコオロギ食の文化やコオロギ農家が存在するカンボジアを生産拠点に選んだ。さらに、カンボジアは農業国。米ぬかなどの農家が廃棄する残渣をコオロギの飼料とし、有用な資源への循環を実現している。

また、エコロギーはコオロギの生産方法として、工場を構えた大量生産スタイルではなく、現在50軒超の小規模農家に生産を委託する分散型の生産を行っている。
「カンボジアに移住して現地の方々と話してみると、農家の抱える課題が見えてきました。カンボジアにはたくさんのお米農家が存在します。そのほとんどが小規模な田んぼや畑を営む零細農家さんです。お米は年に2回収穫時期があり、収入のタイミングがあるのですが、それ以外は収入がなく生活が非常に不安定です。また、災害や干ばつがあると年2回の収入も途絶えてしまうケースもあり、困っている農家さんがたくさんいました」コオロギは孵化から成虫になるまでおおよそ45日しかかからないため、現金収入機会を増やすことができる。そこで、葦苅さんはお米農家の副業としてコオロギ生産を提案、一軒ずつ農家を周り、コオロギ生産の容易さやメリットを話して回った。

「工場スタイルの一括生産は、生産量の調整が難しく、災害リスクもあります。拠点を分散すれば、そのリスク回避が可能です。それに、せっかくサステナブルな食糧を生産するのなら、人間社会にとっても優しい、温かみのある食糧生産をつくっていきたいという思いがありました。多くの農家に足を運ぶのは大変ではありますが、どこでも、誰でも食糧をつくることができるこのシステムこそが100年、200年と続いていく食糧生産であると信じています」



エコロギーのカンボジアにおけるコオロギ農家第一号のシノンさんとのコオロギ収穫時の様子。エコロギーのTシャツもプレゼントして、一緒に着て共同作業。



カンボジアの農家にコオロギ生産の話を持ちかけるものの、最初は上手くいかず、苦労もあった。コオロギ生産の魅力と、育てたコオロギを全量買い取ることを伝えても、信頼関係もなく、よそ者である自分のことをなかなか信じてもらえない。最初は少々効率が悪くても、高値でコオロギを買い取り、繰り返し足を運び、誠実に向き合っているうちに笑顔を向けてくれる生産者も現れた。葦苅さんが事業を通じて繋がりを深めてきた農家の一人がシノンさんだ。
「シノンさんのご主人が怪我をしてしまい、仕事の収入がなくなった時に、コオロギ生産を始めてもらいました。最初は信頼関係も経験もなく、手探りで状態でしたが、今では何十回とコオロギを仕入れています。シノンさんは、今度は別の食糧生産も始めてみたいと前向きに取り組んでいます。私の方がカンボジアのことを教えてもらったりすることもあって、今では友達のような存在です」
最近は、コオロギのおかげで安定的な収入を得られる農家が増え、その声が広まって『自分もやってみたい』と申し出る農家も増えてきた」



コオロギが食のスタンダードに



若くしてコオロギ生産に取り組み、生産体制を確立してきた葦苅さんが理想とする「コオロギ食」のあり方について聞いてみた。
「食の選択肢の一つとして、コオロギ食を日本でも定着させていきたいです。特別な日に食べるものというより、日常に寄り添った食べ物の選択肢の一つとして食卓に上がることを目指しています。日本の昆虫食は未だに「ゲテモノ」としてのエンタメ食として取り上げられがちです。その壁は超えていきたいですね」
そのためには、ただ製品があるだけではダメで、コオロギを食べることが担う社会的なインパクトについて知ってもらうことが必要だという。
「私たちは、食糧に対する危機感を煽りたいわけではありません。お肉やお魚があってもいいんです。今すぐ主食を全部コオロギに代えなさい!というわけでも全くありません。コオロギを使った食品を食事の一部に取り入れたり、おやつやおつまみに選んだりして、一口食べることで、温室効果ガスの排出が削減され、カンボジアの生産者の収入につながるということを知れば、いつもより少しだけ誇らしい気分になれますよね。生産者を増やすことはある程度達成できたと感じているので、今後は食のストーリーを消費者へ伝えていくブランドとしての地位を確立したいです。特に、社会課題のために何かしたいけれど、行動に起こせない、という方には、一口のコオロギ食が社会を変えていくことを知っていただきたいです」
近年、SDGsという単語や概念が社会に浸透し頻繁に耳にするようにはなった。一方で、その言葉の繰り返しが危機感を煽り、人々に行動を強制するワードに聞こえてしまう場面もある。
「本来のサステナブルとは、強制されてやるものではなく、自身の五感で体験して、考えて、自分のために行動することだと思います。カンボジアでは、コオロギ農家がいて、コオロギを食する文化がありますが、誰もそれを『社会のため』と思っているのではなく、美味しいから昔から当たり前にやってきたことなんですね。今、私が関わっている農家の方々も、自分たちがどうしたら持続的に豊かで楽しい生活を送れるのかを考えて生産に取り組んでいます。その様子は、収入の多少に関係なく、今の日本人よりもずっと楽しそうで豊かだと感じることもあります」





最後に、葦苅さんの夢についてお話を伺った。
「カンボジアの紙幣に日本の国旗が描かれているのはご存知ですか?日本の無償資金協力により、メコン川に架かる橋を建設したことで交通事情が大幅に改善し、経済発展につながり、日本はカンボジアのインフラに貢献した国として知られています。私も日本とカンボジアが相互に作用する食のインフラをつくれたらいいな、と思います。一匹のコオロギと歩んできた先に、たくさんの農家や消費者の方々との繋がりが生まれてきたことに充実感と喜びを感じています。いつかコオロギと日本の国旗がお札に並ぶ日がくることを夢見ています」