自身を大切に、健康でいられる衣食住を選択できる日常に 2022/04/14

#06 北條裕子さん|カミツレの宿 八寿恵荘/株式会社SouGo 代表取締役社長

TSUNAGU[つなぐ]
さまざまな出会いや気づきから、「好きなこと」「伝えたいこと」その熱意を原動力にして、自分のスタイルで発信する「人」にフォーカスします。それぞれのサステナブルへ“つなぐ”、発想や取り組みを紹介。





株式会社SouGo 代表取締役社長/北條裕子(きたじょう ひろこ)

赤ちゃんからご家族全員で安心して使える国産カモミールのスキンケアブランド「華密恋」を企画・製造・販売。身体的・精神的にストレスにさらされていることの多い時代。心と身体をリセットする場、製品を提供することにより、「人のお役に立ちたい」という想いを持ち、国内生産者と連携してカモミールの有機栽培を広げ、幅広い活動に注力。10数年前から乳がん患者支援団体の活動を支援し、所有する宿「八寿恵荘」は、ピンクリボンのお宿ネットワークに登録。さらに、日本初のBIO HOTEL®認証を取得した宿。カミツレエキス製造工場と華密恋の湯を楽しめる八寿恵荘、有機JAS認定の自社農園のあるエリアを「カミツレの里」とし、長野県北安曇郡池田町の町おこしも行っている。



40年間変わらないカモミールの有機栽培



長野県・北安曇野にある駅から車で30分。街中を抜け、山中へ入ると緑豊かな景色が広がってゆく。山の清々しい空気を味わいつつ、靴を脱いで建物に入ると、素足で踏みしめる木の床はじんわり温かい。「こんにちは」「大変だったでしょう。ここまでの景色、どうでしたか」と宿のスタッフの方々がかわるがわる声をかけてくれる。ゆったりとした空気の中、淹れたてのカモミールティーをいただくと心と体が芯から温まりほぐれていくのを感じる。

ここは、カミツレの宿 八寿恵荘(やすえそう)。「訪れるすべての方が心からリラックスできるような場所となるように」という想いのもと、建物の建材や食事、アメニティ、寝具にいたるまでオーガニックな素材を使用している。2015年には日本初のBIO HOTEL® (※)の第一号として認証された。

※BIO HOTELS JAPANが設定するフード、コスメティック、環境等の厳しいガイドラインを満たすホテル・旅館等のこと。



2015年に日本国内で初めて「BIO HOTEL®認証」を受けたカミツレの宿 八寿恵荘。健康や環境に配慮した安心で心休まる宿泊体験を提供している。



カミツレとはジャーマンカモミールの和名。保湿力や消炎力に優れ、4,000年も前からスキンケアに使用されているハーブ。宿の周囲には有機JASカモミール畑が広がり、初夏には可憐な白い花があたり一面に美しく咲き誇る。

「旅の一番の目的は元気に、健康になってもらうこと。自分に合った過ごし方を見つけていただいて、自分が素でいられる場所として八寿恵荘をつかってもらいたいです」
そう語るのは、八寿恵荘を運営する株式会社SouGo代表の北條裕子さんだ。会社は先代である父・晴久さんが印刷会社として創業した。印刷業を営む会社がなぜ、宿を営むことになったのだろうか。

「会社を立ち上げた後、父は喉頭がんを患いました。お医者さんに行ったら切除するしかないと告げられて。なんとか手術をしないで治す方法を家族で調べていて、とある漢方の先生に出会いました。漢方のおかげで父の病は完治し、植物のちからで社会に何か恩返しをしたいと考えたんですね。先生が研究していたカモミールを世に広めるお手伝いをしようと、父は印刷工場の一角にドラム缶をたくさん置いて、カミツレエキスの抽出をはじめました。当時私は学生で、『何をやりだしたんだろう?』と驚きつつ父のことを見ていました」

のちに、晴久さんはカミツレに関わる事業を自身の故郷で行うことを決心。カモミールの栽培をはじめたのが、現在の八寿恵荘がある場所だ。宿の名前は創業者の母の名前からとっている。



5月中旬から6月上旬にかけて八寿恵荘の周りは、満開のカモミールで覆いつくされる。カミツレエキスは、花だけでなく葉や茎など全草を用いて独自の非加熱製法で作られている。



「父は戦争を経験して、人の命の大切さを身にしみて感じていました。『自分を大切に、健康でいよう』という想いが人一倍強かったんだと思います。父がカモミールの研究を始めた1980年代は、ちょうど日本にレトルトや冷凍食品が入ってきた時代。父は農薬や化学調味料のあり方に疑問を持っていました。私が幼少の頃から、家庭の食卓は毎日玄米。野菜は長野に住んでいた八寿恵ばあちゃんが有機で手作りしたものを父がトラックで毎週東京の自宅まで運んでいました。印刷会社のお客さまには、泥付きの野菜をお渡ししたり、農業をするお客さまがいらっしゃれば、長野から運んできた鶏糞をお裾分けしたり。周りからは変な人だと思われていたと思います。(笑) 私も幼少期から八寿恵ばあちゃんに教わりながら野菜をとったりしていましたから、ここは第二の故郷です」

できるだけ自然に近いものを、という晴久さんの思いは、カミツレエキスを使った製品にも反映されている。試行錯誤の末に完成したのが、カモミール全草を余すことなく使った入浴剤をはじめとしたスキンケアシリーズ「華密恋(かみつれん)」だ。カモミールの有機栽培、製品の製造から販売まで、全て一貫して行うスタイルは40年前から今まで変わらない。輸入に頼る方が原価も手間もかからない。それでも一貫して手作りにこだわる根底には、先代の遺志を守り受け継ぐ北條さん自身の想いがある。



すべての方が安心して過ごせる宿に。
日本初のBIO HOTEL®認証取得に踏み切った理由



想いの詰まった華密恋シリーズを体感できるのが八寿恵荘だ。もともと会社の保養施設だったが、地元の方や華密恋を使用するお客さまの声により開放し、宿として運営を始めた。カミツレエキスがたっぷり入ったお風呂やオーガニックのスキンケア商品を体験でき、食事もオーガニックの食材や調味料を使用。やがてアレルギーをもつ子どもたちへ向けたツアーなども開催されるようになる。





宿の転換期となったのが2015年のリニューアルオープン。あるお客さまの話がきっかけとなった。「保健師のお客様が、公舎の建材として使用されていた化学物質によってアトピーを発症した話を聞いて。食事だけでなく、住宅の素材によっても健康を害する恐れがあるのだという事実を目の当たりにしました。今度は衣食住すべてにもっと気を配り、どんな方でも安心して過ごせる宿にしようと決心しました」

建材には地元の木材を中心に9種類の木を使用し、溶剤は化学物質を徹底的に排除した。海外から日本へようやく入ってきたオーガニック建材を駆使しながら、なんとか思いを形にできた。八寿恵荘にいらっしゃったお客さま一人ひとりの話を思い出しながら、どういう宿にしたらお客様の役に立てるのかを考え続け、実現するまでに約3年もかかった。



裸足で快適に過ごせるように館内は床暖房を入れている。間伐材をチップにして床暖房やお風呂を沸かすボイラーに使っている。



「ちょうど宿をリニューアルするタイミングで、BIO HOTELS JAPAN (以下、BHJ)の方にお会いして。もともと食材や調味料にこだわったオーガニックの食事を提供していましたし、リニューアルを機に建材などもオーガニックにしたところだったので認証の取得を決めました。私たちの取り組んでいたこととBHJの取り組みがマッチしたのが認証取得の理由です」

BIO HOTEL®の認証を受けることは容易ではない。例えば料理に使用する食材はすべてBHJに毎月の使用数量を報告し、BHJによる生産地の現地調査に基づく認可が必要になる。寝具の素材やクリーニングに使用する洗剤まで気を配ることが沢山ある。「BIO HOTEL®であり続けるのは本当に大変です! お客さまの食事や寝具などの準備にも時間がかかります。お野菜や調味料も近くのスーパーで調達することができないので、本当に申し訳ないのですが、急なお客さまはお迎えできないんですね。だからこそ、来てくださった方に対して、責任をもってお迎えしようという思いが強いです。BHJの基準があることで、私もどうしていくべきかをスタッフへ伝えやすくなり、スタッフたちの責任感と誇りも増しました。大変ですが、その苦労の先に得られるものは何倍も重要だと思います」

BHJの認証を受ける苦労があるからこそ、大切な出会いもあった。食材の認証を受けるためには生産者とのコミュニケーションが自然と密になる。地元の生産者のもとに足を運び、言葉を交わす中で肥料の使い方を学んだり、逆に北條さんがカモミールの搾りかすを肥料として地域の生産者に提供する機会もできた。一方的な関係性ではなく、双方向のコミュニケーションを交わす地域を巻き込んだ関係性にも発展している。



自分を大切に、健康でいられる選択をすることが
真のオーガニックライフへの第一歩



八寿恵荘に来たら、必ず体感して欲しいのが「華密恋の湯」。ホッとする香りとお湯あたりの柔らかさを感じながらしっかり温まることができる。効能を存分に感じてもらうため、お湯は毎日入れ替え、カミツレエキスをたっぷりと使う。このお風呂に通った乳がん患者の方の術後が大変良かったことで、乳がんサバイバーの方に向けたツアーを始めるきっかけにもなった。

「乳がんの手術を受けてから、さら湯のお風呂に入れなくなったという方が、華密恋のお湯には浸かることができたんです、とおっしゃって。そのお客さまが心から喜んで涙していらっしゃった時は、本当に嬉しかったです」





長年宿で色々なお客様と接するうちに、健康と自然の深い関係を改めて実感した北條さん。ライフスタイルの変化により、食習慣やストレスに起因する病気の方が増えていると感じている。

「働く女性が増えた今、特に若くして乳がんになったり、体調を崩す女性が増えています。若い時には無理ができても、歳を重ねて体調を崩す例もあります。そのような時代に生きるからこそ、普段からリセットしたり休む癖をつけないといけません。ストレスを溜めないことが健康につながるということも私たちは提案していきたいと思っています」

「オーガニック」という言葉は40年前にくらべれば随分と身近になった。それでも、実践している人はまだ多いとは言えない。真にオーガニックなライフスタイルの実現に向けて私たちはどう過ごせば良いのだろうか。

「健康でいるためにはオーガニックの考え方はとても重要です。ある時だけ、どこかにいる時だけオーガニックを取り入れるのではなく、どこかで得たオーガニックな体験をきちんと自分のものにして活かすことが大事です。例えば、八寿恵荘に来た時の素材の美味しさを思い出して、普段自分が食べている食材や使っている日用品にも意識を向けてみたり。スーパーで成分表示を見て食品を選んでみるのもいいと思います。自分を大切にして、自分に合ったものを選ぶ。これを実践することが『本当のオーガニック』への第一歩であり、私がこれからもお伝えしていきたいことです」

現在はオーガニックを知るきっかけとなるイベントの開催にも注力している北條さん。オーガニックな衣食住を自宅にも取り入れてもらえるよう商品も開発中だ。

「八寿恵荘から始まる取り組みで、気づきが得られたり、ご縁が生まれているのは本当に嬉しいです。八寿恵ばあちゃんも、きっとどこかから見ていて、『ちゃんとやれよ!』と言っていますね」