「未来」のリスクを考え「今」の行動を変えていく。 2022/01/20

#03 井田寛子さん|気象予報士・キャスター



さまざまな出会いや気づきから、「好きなこと」「伝えたいこと」その熱意を原動力にして、自分のスタイルで発信する「人」にフォーカスします。それぞれのサステナブルへつながる、発想や取り組みを紹介します。



気象予報士・キャスター/井田寛子(いだ ひろこ)

2011年〜NHKニュースウオッチ9 2016年〜TBSあさチャン!2018年~ NHKラジオ山カフェパーソナリティ(毎週土曜日朝8時5分~) 2021年~NHKラジオNらじ出演
筑波大学非常勤講師 東京大学生産研協力研究員 全米ヨガアライアンス200取得・ヨガインストラクター 野菜ソムリエ・ベジフルビューティーセルフアドバイザー・ナチュラルビューティーアドバイザー 埼玉県出身。筑波大学第一学群自然学類化学科宇宙化学科卒業。



科学や自然について伝えるためキャスターを志した



現在、フリーキャスター・気象予報士として活躍中の井田寛子さん。幼い頃から自然や生き物が大好きで、筑波大学第一学群自然学類化学科卒業後、一般企業での勤務を経てキャスターの道へ進んだ。

「私の地元は自然豊かな埼玉県春日部市。子どもの頃は学校の帰りに虫や蛙を取って遊び、家では観察するほど生き物が大好きでした。『こんなに小さいのに、動いている、生きている!』といつも感動して、どんな体の構造をしているんだろう? と自然や生物に対する興味でいっぱい。大学では自然学を専攻し、一度は会社員になりましたが、どうしても多くの人に科学や自然について伝えたくて、キャスターを目指しました」

その後、夢を叶え、NHKの静岡放送局に入局。キャスターとしてキャリアをスタートさせたが、なかなか科学や自然に関する番組を担当するチャンスに恵まれない。そこで井田さんは気象予報士になれば、自分のやりたいことに近づけるかもと考えた。

猛勉強のすえ、気象予報士試験に合格、情報番組のお天気コーナーや気象番組を担当することになった。ここから井田さんは、日々の天候を通じて自然と科学や環境についてより考えを深めていくようになったと話す。



お天気コーナーでの中継の模様。



「実は、生き物と天候は密接に関わっているんですよ。例えば、両生類の蛙は乾いている場所が苦手なので、晴天の日はほとんど出てきません。でも、雨や曇りになると元気にぴょんぴょん跳ね回ります。私たちは寒暖を衣服や空調で調節できますが、彼らにとって、天候は命に関わる問題。『蛙の生態はもう知っているよ』と思われるかもしれませんが、一定期間蛙を観察することでようやく科学的に証明できるんです。私はこうしたエビデンス(根拠)をたくさん知っておきたいし、自分でも研究していきたいと思っています」



災害報道に携わり、自然の負の側面を知った



気象予報士として活動を開始してからは、番組の視聴者に少しでも楽しんでもらいたいと考え、積極的にロケへ赴き、季節ごとの自然の様子や動植物の面白い生態を伝えてきた。

「気象以外の情報、例えば各地の季節にちなんだ様子の放送時間は約2分と決まっていましたが、時には自分で調べたり実験したりした結果を伝えることもありました。やっぱり、言葉だけよりも映像があると、視聴者にもわかりやすいですし、新しい発見をしてもらえるのでロケを大事にしていました」

それまで、大好きな自然の面白さばかりに目を向けてきた井田さんだったが、台風や地震などの緊急放送を通じて、自然災害の恐ろしさ、自然の負の側面に気づいた。「自然は時に猛威を奮う。怖い面もあることも伝えていかなければ」と気持ちを引き締めた。





特に2011年に発生した東日本大震災の報道後は、キャスターとしての言葉の重みを改めて実感したという。

「被災地で避難所生活を送っている方に『冷え込みが厳しくなるので暖かくしてお過ごしください』と言っても、現地の寒さや厳しさを知らないのに言っていいのか。自分が体感していないことを言葉にするのに葛藤がありました。全国の天気を伝えるときも同じです。以降、私は各地の気候を体感するためにさらに積極的にロケに出るようにしました。例えば、氷点下25度と口では言えても、どれだけ寒いのかは体験してみないとわからない。そこで北海道の陸別町へロケに行き、本当に『バナナで釘が打てる世界』を体験。現地では住宅の窓や扉が二重になっており、室内は暖かく快適だと知りました。やっぱり身をもって経験すると、説得力を持って伝えられるようになりました」



今起こっている地球や気象の変化を知ってほしい



気象情報や災害報道を通じて、井田さんは少しずつ、地球が抱える気候変動の問題に関心を持つようになった。

「気象による災害を伝える中で、たびたびショックを受けてきました。自然現象は誰にも止められませんが、災害による被害をできるだけ少なくする工夫や取り組みはできるはず。近年、記録的な豪雨など自然災害が頻発していますが、その背景には、気候変動による異常気象の発生も原因の一つと考えられるのではないかと思いました。

例えば、豪雨による土砂崩れが起き、麓の住宅に被害が起こるかもしれないといった場合も、実は地球温暖化の影響もあると知らない方がほとんどです。そこで、地球の気候変動の問題に興味が高まり、本格的に学び、多くの人にとって身近な天気予報番組を通じて伝えていけないかと考えるようになったんです。報道する側は、災害が発生したときだけ、気候変動についてフォーカスすることもありますが、それで終わってはいけない。つねに、今起こっている地球や気象の変化を知り、意識することで、私たちの日々の行動が変わってくると思います」

2018年以降、出産や家族の転勤などを経て、2021年より東京大学大学院総合文化研究科に入学。「気候変動とメディア」をテーマに研究を重ねていくつもりだ。





「私は、気象予報士の国際的な会議や気候変動に関するサミットなどに参加していますが、そこで感じたのは世界、特に北欧やヨーロッパの人と日本で暮らす人の環境問題に関する意識の違いです。北欧やヨーロッパの市民調査では、エネルギーの節約やCO2削減の必要性が広く理解されているのに対し、日本では節制による生活水準の維持を不安視する声のほうが多いんです。

これは大きな誤解で、今、エネルギーの節約やCO2削減に取り組み、少しでも気候変動を抑え、悪化させないことこそが未来の生活水準の維持につながります。現在も地球温暖化はハイスピードで進行しており、状況は悪くなる一方。こうした課題があるとは知られていても、日常生活とかけ離れた問題として捉えられているのかもしれませんね。

この問題は解明されていない部分も多いので、疑う人も少なくありません。だからこそ科学的なデータとしてエビデンスを示すことが重要。私は地球温暖化問題の専門家ではありませんが、気象の専門家、キャスターとして、専門家と視聴者の皆さんをつなぐ役割になれたらいいなと考えています」



目の前にある物への「問いかけ」が未来を変える



近年、井田さんは、大学院での研究に加え、環境省の地球温暖化防止コミュニケーターとしても活動。その一環として、小学校の出前授業に赴き、子どもたちに気象や気候変動、地球環境の問題について話をすることもある。



「2100年未来の天気予報」の実演のほか、地球温暖化の仕組みや原因などを子どもにもわかりやすくしたイベントも行っている。



「子どもたちにも身近な問題として捉えてもらうため、手作りしたパネルを紙芝居のようにして見せたり、対話形式で話したりしながら、楽しんで理解してもらえるよう工夫しています。ほとんどの子どもたちは、気候変動や温暖化についてちゃんと知識を持っており、興味を持って聞いてくれます。帰宅後に出前授業での学びを家族に話すことで、大人も関心を持ち、日々の行動につなげてもらえたら嬉しいですね」

知っているようで、知らない、身近なようで遠い地域の話と捉えられがちな気候変動について、井田さんは、気象予報士の立場から「ひとつの物事に対して、多角的に考える視点を大事にしてほしい」と話す。





「今、目の前にある物に対して、疑問を持つ習慣を持ってほしいと思います。例えば、マグカップひとつでも、材料や制作に関わっている人たち、工場で働く人、輸送に必要なエネルギーなど、どうやって自分の手元まで届けられたのかを考えてみる。私は、子どもとスーパーへ行ったときは、『このバナナはどこで採れたんだろうね?どうやって日本まで届いたのかな?』『お店に配送されるまで、たくさんのエネルギーが使われているよね』などと一緒に考えています。

こうした習慣が身に付くと、物を買う前に自然とサステナビリティやSDGsに取り組んでいる企業や、環境に配慮した製品、フェアトレード商品などが選択肢に入るようになるでしょう。自分にとってどんな物が心地よいかを考えてほしいですね。電気や石油などのエネルギー資源についても使い過ぎていないか、環境に優しいものに代替できないかなどを考えるきっかけにもなると思います」

井田さんは、今後も研究を続け、いずれは学びを生かして、気象情報と気候変動の問題を関連付けた番組などを届けていきたいと言う。

「こうした番組は海外にもありません。気象情報と地球環境にまつわる問題は、なかなか一緒に報じられないのが実情ですが、そこを変えていきたい。今、私たちは豊かに暮らしているからこそ、未来のリスクを考えながら行動していくことがサステナブルな社会へつながっていくのではないでしょうか」