「好き」の追求が新たな道を切り拓く 2021/12/09

#02 菊池夢美さん|京都大学野生動物研究センター所属/マナティー研究所代表理事



さまざまな出会いや気づきから、「好きなこと」「伝えたいこと」その熱意を原動力にして、自分のスタイルで発信する「人」にフォーカスします。それぞれのサステナブルへつながる、発想や取り組みを紹介します。



京都大学野生動物研究センター所属/マナティー研究所代表理事/菊池夢美(きくち むみ)

2010年、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程を卒業し、博士号(農学)。2014年より京都大学野生動物研究センターに所属。2018年4月、一般社団法人マナティー研究所を設立。
大学時代に沖縄美ら海水族館ではじめてマナティーに出会い、一目惚れ。純粋に「彼らのことを知りたい!」という想いから、マナティー研究の道へ。2007年からブラジルの国立アマゾン研究所と共同研究を開始。保護したアマゾンマナティーを再び川へ戻す野生復帰事業にも取り組み、その様子はMBS「情熱大陸」でも放送され話題となった。2017年からはカメルーンのアフリカマナティー保全プロジェクトをスタート。



マナティーが好きすぎて、気づけば第一人者に!



みなさんは、マナティーという生き物を知っているだろうか。なんとなくの姿形は思い浮かぶが、どこに住み、何を食べるのか、ジュゴンとの違いなど、知らないことも多いのではないだろうか。実は専門家にとっても未だ謎の多い生き物だという。そんなマナティーを研究しているのが、京都大学野生動物研究センターの菊池夢美さん。彼女がマナティー研究をはじめたきっかけ、それは「一目惚れ」だったと言う。

「大学生の頃に水族館ではじめてマナティーを見て、胸を射抜かれたんです。まさに一目惚れ(笑)。それからマナティーについてもっと知りたいと思い資料を探すも、大学にも国会図書館にも、概要以上に踏み込んだ情報がまったく無い!調べてみると、そもそもマナティーの研究があまり進んでいないことがわかったんです。『それなら私が調べてやろう!』と思ったのがきっかけでした。ところが、大学内にマナティーの研究をしている教授がいるわけもなく、片っ端から研究室を相談して回りました。運良く沖縄の美ら海水族館でマナティーの実験をする学生を探しているという情報を得て、すぐに連絡。そこからようやく研究への手がかりを掴みました。しかし、卒業後に大学院へ進学するも、紆余曲折あり思うように研究は進まず……。はじめて野生のマナティーが生息するアマゾンに行くことができたのは、博士課程に進んでからでした」





マナティーの種類は大きく3つ、メキシコ湾からアメリカ大西洋岸に生息する「ウエストインディアンマナティー」、アマゾン川流域に生息する「アマゾンマナティー」、アフリカ西海岸に生息する「アフリカマナティー」だ。アマゾンマナティーとアフリカマナティーはとても警戒心が強く人に寄りつかない。さらに、非常に濁った川や湖に生息するため肉眼での観察が困難なことから、なかなか研究が進んでいないのだ。

「もう何度もアマゾンに行き調査をしていますが、実は未だに野生のアマゾンマナティーを見たことがないんです。現地で会うのは保護されたマナティーだけ。本当に見ることが難しい動物なんです。私たちは現地の人たちと協力し、保護されたマナティーに小さな記録装置(データロガー)をつけて川に放流、その後の行動や音などのくわしい情報を記録しています。移動経路や鳴き声、食べる音などのデータが取得でき、少しずつマナティーの生態がわかってきました」



ブラジルの国立アマゾン研究所が保全の一環として実施する「野生復帰プロジェクト」で、保護されたマナティーにデータロガー(行動記録計)をつけて川へかえす活動をしている。



大学時代の一目惚れからはじまった菊池さんのマナティー研究。好きで好きでたまらない気持ちが周囲を動かし、チャンスを生み出し、道を切り拓いてきた。「マナティーが好き」という変わらない気持ちを持ち続けた一人の女性は、気づけばマナティー研究の第一人者へとなっていた。そして、調査・研究を進めるうちに、マナティーが置かれている環境の大きな問題にも気が付きはじめたと言う。



マナティーを追い詰める「誤った知識」



実はマナティーは、国際自然保護連合(IUCN)によって絶滅危惧種に指定されている。アマゾン川では過去にマナティーの皮膚などを工業製品に使用するための大乱獲が起こり、一気に頭数が減少。現在、アマゾンマナティーの生息が確認されているブラジル、コロンビア、ペルー、エクアドルの4カ国では法律で保護されている。ところが、マナティーの肉を貴重なタンパク源としてきたアマゾン川流域の人々が、今も食用に密猟していると言う。菊池さんがアマゾンで出会った「保護されたマナティー」は、母親を密猟で亡くし、衰弱して岸に打ち上げられた子どもだったのだ。

「美味しいものを食べたいという彼らの気持ちはわかります。私たちは美味しいものを食べているのに彼らにだけ我慢してもらうのはフェアじゃないとも思います。そもそも大乱獲だって、先進国が主導したことで彼らが悪いわけではありません。でも、こういう状況になってしまったことを理解してもらい、今は彼らに我慢してもらうしか解決の道がないんです。だから私たちは現地の人たちにマナティーの正しい知識を知ってもらい、共感してもらえる環境教育に取り組んでいます」





現地には「マナティーは魚だから卵を産んですぐ増える」と思っている人がいると言う。しかし、マナティーは哺乳類。1回の出産で通常1頭しか産まず、子育てに3年間はかかる動物だ。現地の人々と誠実に向き合い、正しい知識を知ってもらうには、お金も時間もかかる。そんな環境教育に取り組むにあたり、菊池さんは大学の研究とは別に自由な活動ができるよう、一般社団法人マナティー研究所を設立。日本財団の「海と日本PROJECT」をはじめとする様々な助成金や、クラウドファンディングなどによる支援を受けながら活動を推進。菊池さんたちの活動に協力してくれる現地の人の中には、元マナティーの凄腕密猟者だった人もおり、着実にマナティー保護に対する理解の輪は広まっている。



マナティーも大切だけど、人の暮らしも守りたい



「今、カメルーンでも環境教育を通じてアフリカマナティーの保護に取り組んでいます。カメルーンでは、マナティーが「網にかかった魚を食べる害獣」扱いされ、捕殺という問題が起きています。しかし、マナティーは草食性なので魚は食べないはず。きっと網がマナティーの移動経路を塞いでしまっているだけだと考え、現地の団体と協力して混獲を防ぐための網の張り方、漁の方法を漁師さんたちに提案しています」



カメルーンでは水中録音機を入れて世界で初めて野生のアフリカマナティーの鳴き声を取ることに成功した。



こうした環境教育の中で大切なこと、それは「人間と動物、どっちが大事?」という問いをしないことだと菊池さんは話す。





「マナティーが好きで研究をはじめた頃の私は、マナティーへの想いが強すぎて動物を優先した保護活動をすべきではと感じていました。でも、実際にアマゾンやアフリカへ行き、そこに住む人たちの話を聞き、必死に生きている彼らの姿を見て、『それじゃだめなんだ』ということがすごくよくわかりました。人間も動物も、どちらも大事にする。共存できる道を作ることが大切なんです。同時に、長く続けられる活動にしないと、保全にはつながらないとも思ってます。予算の付いた3年間や5年間だけ、外国の研究者たちがワーッと現地を訪れ取り組んでも、彼らが帰った後に活動が続かなければ何の意味もない。現地の人たちが自分で考え、納得して取り組める活動こそ、持続可能な活動です。私たちの研究からわかったことを、環境教育を通じてみんなに伝える。そして正しい知識を持って考えてもらうことが、マナティーの保全、そして人とマナティーの共存につながると、私は信じています。最近、現地の研究者が誕生してきたんです。これは未来へつながる大切な一歩です」