2030年の達成に向けて、SDGsロゴデザイナーが語る今必要な行動とは。[後編] 2023/08/17

ヤーコブ・トロールベック(The New Division 代表) × マーティン・パーソン #02

TAZUNERU[たずねる]
ボルボ・カー・ジャパンのマーティン・パーソンが、これまでにない捉え方やアイデア、技術でサステナブルな活動に取り組み、各界でイノベーションを起こしているリーダーたちを“たずねる”。



2023.4.8にオープンした「Volvo Studio Tokyo」にて。



The New Division 代表 ヤーコブ・トロールベック(Jakob Trollbäck)

スウェーデン出身、クリエイティブディレクター。 1999年にクリエイティブ・スタジオ「Trollbäck+Company社」(米国・ニューヨーク)を設立。数多くの実績と受賞経歴を持つ。現在は、サステナビリティに関するコミュニケーションに特化した「The New Division社」(スウェーデン・ストックホルム)を立ち上げ、代表として幅広く活動している。SDGsの理念をもとに、デザインとワーディングを融合させた取り組みは、国際的にも時代を先取りしたアプローチとして評価が高まっている。



前編では人々に行動を促すコミュニケーションデザインについて語り合いました。後編は、SDGs達成の目標年である2030年に向けたヤーコブ氏のさらなる取り組みや、日本におけるサステナビリティへの課題と可能性、スウェーデンと日本の共通点について触れながら、未来について語り合いました。



SDGsの達成には、私たちの内面的成長が不可欠。



マーティン
国連が提唱しているSDGs(持続可能な開発目標)のゴールとなっている2030年が近づいています。ちょうど折り返し点を迎えた今、日本をはじめ世界の達成状況についてどのように感じていますか?
ヤーコブ
SDGsは、人類の未来に関するビジョンを描いたもので、私たちにとって非常に重要であるにも関わらず、なぜ大きな変化が見られないのだろうか?と、早い段階から疑問に思っていました。SDGsの存在だけでは世界は変わらないとも感じていました。どうしたら人々の意識を行動に変えることができて、そのためになにが必要なのかと。そこで、課題を解決していくために、個人に必要なスキルや能力とはなにか、ということについて調査を始めました。
マーティン
国連が主体となったSDGs達成のための大きなアプローチだけではなく、個人レベルに目を向けられたのですね。


ヤーコブ氏(右)が手にしているのは、自身が手掛けたSDGs169ターゲットのためのツール「ターゲット・ファインダー® 日本語版」。



ヤーコブ
そうです。SDGsだけでは足りない、世界中の一人ひとりの精神や内面も同時に高めていかないと持続可能な社会は実現できないのです。私たちがどう内面を磨き、成長していけばいいのかを科学的に調査して、内面の成長目標を国際的に設定する「IDGs(Inner Development Goals、内的発展目標)」というフレームワークの開発に参加しています。
マーティン
おっしゃる通り、一人ひとりの内面の成長がとても重要だという課題意識は、私もビジネスを通して感じています。IDGsについて、教えていただけますか。
ヤーコブ
まず、私たちが今、直面している地球規模の課題は、とても複雑に絡み合っている問題だということです。気候変動や生態系の破壊などを解決するためには、今までの考え方や科学技術だけでは問題解決が難しいのです。より広い視野と創造性が求められます。SDGsを動かしていくのは「人」です。だから、私たち自身の内面の成長が不可欠なのです。

IDGs が掲げる、5つのカテゴリー(あり方、考え、つながり、協働、行動)とそれに紐づく23のスキル(自己認識、寛容さ、学ぶ習慣、信頼、つながり、忍耐力など)は、すでに私たちが持っている素晴らしい能力を整理したものです。これらは今求められている世界の変革に役立つものになるのです。

そして持続可能な社会になる上で、「つながり」を意識することがとても大切です。それは、人や社会だけではなく、自然やあらゆる生き物たちとのつながりを自分自身の一部として感じることです。私たちは大きな地球の一部であり、地球環境と向き合うための第一歩となる視点ですよね。




マーティン
なるほど。問題を自分ごととして捉え、自らのスキルを活かして考え、行動し、協力して解決へと向かっていこう、ということですね。ボルボを取り扱っている、ある販売会社のケースがあります。そこでは、企業全体の従業員が心がける信条や行動指針である「クレド(Credo)」を活用していました。彼らは、単に一般的な行動指針として掲示するのではなく、各自が自分の現場や課題に直結している具体的な指針を7つ選び出し、自らの行動がその指針に合っているのかどうか、振り返りながら課題に取り組んでいました。企業の行動指針をそれぞれの現場に落とし込んで、一人ひとりが自分ごととして捉えている姿勢がとても印象的でした。
ヤーコブ
素晴らしい取り組みだと思います。今の社会は複雑で解決が難しい課題が増えています。この難しい課題に向き合えるIDGsの開発に携わることができてとても嬉しく思っています。


SDGs達成に向けた日本の課題と可能性。



ヤーコブ
日本に来て、SDGsのピンバッジを胸元に付けている人がとても多いことに驚きました。これほど多くのSDGsのバッジを見かけるのは、世界中で日本だけだと感じていますが、このことについてはどう思われますか?
マーティン
少し複雑な気持ちでいます。日本では、グループメンタリティやシンボルが高く評価されていると思います。例えば、バッジを身に付けることは「自分はあるグループの一員だ」と示すシンボルになっていて、そのこと自体が重要視されがちですね。しかし本当に大切なことは、シンボルの意味を理解して、行動することです。特に、サステナビリティに関しては、日本はまだ初期段階にあると思います。理解や行動がさらに進んでいく必要があると感じています。
ヤーコブ
すべての国で、とりわけ先進国の変革は簡単なことではありません。ビジネスの分野で、日本の現状はどうですか。




マーティン
日本で、サステナブルなビジネスをするうえで、2つの大きな課題があると私は思っています。1つ目は、サステナビリティに対する価値観です。スウェーデンでは、サステナブルな選択に価値があって、それに見合った費用を支払うことは当たり前という消費者の理解があります。しかし、日本の多くの消費者にはこのような意識が浸透していません。この価値観の違いは、ビジネスにとっては大きな課題です。
ヤーコブ
なるほど。日本人のマインドセットが変わる必要があるのですね。2つ目の課題は何でしょうか?
マーティン
はい。2つ目は、環境に配慮した企業について、第三者が評価する仕組みが乏しいことです。そのため、環境に配慮しているように見せかけたり、実際の取り組みをごまかしたりする「グリーンウォッシュ」と呼ばれる行為が起こってしまうことです。本気で取り組む企業か、そうでないのか、消費者からはわかりにくいですよね。環境問題の重要性が高まる中で、環境に配慮した企業の評価と透明性は、持続可能な社会の実現に向けて重要な一歩となります。
ヤーコブ
EUでは、グリーンウォッシュへの規制が定められ、サステナビリティに関するコミュニケーションにおいては、科学的根拠や第三者認証が求められていますね。それが日本にはないのですね?
マーティン
まだありません。だから日本の多くのブランドは、「私たちはサステナブルです」と主張しても、それを裏付けるデータや客観的な事実が公開されていないことがよくあります。それに対して、メディアや消費者もまだまだ強く追求していない傾向があります。情報の開示や企業の透明性という点でも、ボルボは日本でのサステナビリティのリーダーをめざしています。




ヤーコブ
ボルボのコアバリューと言えば、やはり「安全性の追求」がよく知られています。SDGsのグローバルゴールのターゲット3.6の「交通事故による死傷者を減らす」という目標に、ボルボは直接的に貢献し、この分野をリードしているように思います。
マーティン
はい。ボルボは創業以来、「人」を守る安全性の追求に取り組んできました。この分野では、私たちはかなりの成功をおさめています。同様に「人の未来を守る」ために、モビリティ企業の責任として、昔からサステナビリティへの取り組みを続けています。

日本でのサステナブルなビジネスの課題を先ほどお話ししましたが、一方で私は、日本の若い世代にとても可能性を感じています。特に若い世代では、多くの調査結果からもサステナビリティへの関心が高いことはわかっています。ボルボでは近々、サステナビリティを重視した新型EV車「EX30」を発売する予定です。これまでのボルボ車の中で、最もコンパクトなSUVであるとともに、製造から廃棄までの過程におけるCO₂排出量を最も低減したモデルです。若者世代にこのような車が選ばれていく未来に、可能性と追い風を感じています。


スウェーデンと日本の美意識の共通点とは。



ヤーコブ
私は、サステナビリティは「本当にいいもの」、そして人々から選ばれる価値があるものだと思います。「いいデザイン」とは美しさとサステナビリティが両立していると思います。

そういう意味で日本は美しい国です。日本の伝統文化や食べ物、そして寺院など、どこを見ても美しさであふれていると思います。
マーティン
日本は、繊細なディテールや色彩などの「美」をとても大切にする文化ですよね。
ヤーコブ
そうですね。私は日本の職人さんがシンプルな道具を使って、とても美しい工芸品や織物などを創り出す動画を見ると、何時間もそれに魅了されてしまいます。ものすごく美しくて、100%サステナブルであり、100%スマートです。日本の伝統的な「美」には、自然や周囲への思いやり、小さなことへの感謝の念が常に感じられます。

しかし、一方で使い捨てやプラスチックがあふれているという別の側面も日本にはありますね。私には、全く相入れない「2つの日本」が存在しているように思えるのです。
マーティン
わかります。私が気になることの1つにアイドリングがあります。日本では、長時間アイドリングが行われても、それに対して厳しく注意を促す文化があまり根付いていないようです。
ヤーコブ
スウェーデン、いやスカンジナビアであれば、非難されるし、許されない行為ですね。




マーティン
変えていくためには、私は教育が最も大切なことだと思っています。長く続けてきた習慣を、すぐに変えることは難しいかもしれません。しかし、その行動が環境へどんな影響があるのかを正しく理解すれば、自ら行動を変えていくことができます。特に、若者やもっと小さな子どもたちへの教育が大切だと思っています。ボルボは今、学校と提携してサステナビリティ教育を進めようと検討しています。若い世代に私たちのメッセージを伝えることで、少しずつでも社会に影響を与えることができると信じています。スカンジナビアでは、私たちが環境について学んできたことが、社会の変化につながったようにです。私たちは「どうすべきなのか」を教えるのではなく、「自分の行動の結果がどんな影響をもたらすのか」を考えられる人材を育てたいのです。子どもたちが自ら考え、行動する力を身につけることは、社会全体にポジティブな変化をもたらすと思います。
ヤーコブ
今日は、スウェーデン人である私たち2人が、スウェーデンと日本それぞれについて、気づいたことを話すよい機会にもなりました。デザインという観点から見ると、考え方や、フォルム、機能において無駄な部分を削ぎ落とした合理的でシンプルな美しさを大切にしているところは、スウェーデンと日本の美意識は共通していると思います。
マーティン
確かにそうですね。私もスウェーデンと日本は、お互いに共感できる価値観を多く持っていると思います。そしてボルボがスウェーデンのブランドであることをこれほど好意的に受け入れられている場所は、日本が世界で一番だと感じています。

それはボルボだけでなく、イケアなど多くのスウェーデンのブランドが日本で人気を集めています。私は、日本でスウェーデンのイメージをもっと新しくし、自然と調和した暮らしやサステナビリティ、イノベーションなど、新しい価値観をもっと広めていきたいと思っています。

SDGsを世界中の人々に伝え、行動を促すためのコミュニケーションデザイン誕生の舞台裏について、ヤーコブさんのお話しを大変興味深く伺いました。グローバルゴールが描く誰もがしあわせになる未来に向かって、私たちボルボも一人ひとりが行動を起こすコミュニケーションを考え、そしてみんなで楽しんでチャレンジを続けていきたいと思います。


聞き手:ボルボ・カー・ジャパン株式会社 マーティン・パーソン

1971年スウェーデン生まれ。明治大学に1年間留学して経営学を学び、1999年ボルボ・カーズ・ジャパンに入社。約10年を日本で過ごす。その後、スウェーデン本社でグローバル顧客管理部門の責任者を務め、ロシア、中国などを経て、2020年10月、ボルボ・カー・ジャパンの社長に就任。日本で楽しみにしているのは、温泉地巡り。日本の温泉は、旅館や料理などトータルに楽しめるのはもちろん、温泉地の豊かな自然が何よりの癒し。