エシカルというものさしが世界を変える。[前編] 2022/10/14

末吉里花(エシカル協会 代表) × マーティン・パーソン #01

TAZUNERU[たずねる]
ボルボ・カー・ジャパン社長のマーティン・パーソンが、これまでにない捉え方やアイデア、技術でサステナブルな活動に取り組み、各界でイノベーションを起こしているリーダーたちを“たずねる”。



鎌倉の海をバックに。末吉さんのワンピースは、フェアトレードの衣料品ブランド「ピープルツリー」のお気に入り。



一般社団法人エシカル協会 代表理事 末吉里花(すえよし りか)

1976年ニューヨーク生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、TBS系『世界ふしぎ発見!』のミステリーハンターとして世界各地を旅する。2015年「エシカル協会」を設立、エシカルな暮らし方が幸せのものさしとなる持続可能な社会の実現を目指して、講座や講演、政策提言などを通じて、エシカルの考え方やエシカル消費の普及啓発に取り組んでいる。日本ユネスコ国内委員会広報大使、東京都消費生活対策審議会委員、日本エシカル推進協議会理事、日本サステナブル・ラベル協会理事など、政府政策検討委員や数多くの機関や企業、自治体などのアドバイザーやアンバサダーを務める。近著に『エシカル革命』(山川出版社)など。



2021年、日本の教科書にも掲載されるようになった「エシカル消費」。日本でいち早く「エシカル(ethical)」の普及啓発に取り組んできたのが、エシカル協会代表の末吉里花さんです。人や地球環境、社会や地域に配慮した消費や経営を促すために、講座や講演など幅広く活動を展開されています。末吉さんの地元、鎌倉を訪ね、美しい海を眺めながらサステナブルな未来につながる考え方や行動について語り合いました。



日々のエシカルな消費が社会を変えていく。



マーティン
素晴らしい眺めですね。鎌倉には長くお住まいなのですか?
末吉
はい、私は曾祖母の時代からの鎌倉っ子です。海外で生活していた時期もありますが、この海を見て育ってきました。鎌倉は、都心から近いわりにこれだけの自然があり、文化と自然とがうまく融合しているのが魅力だと思います。

実はニューヨークに住んでいた時、16歳で免許を取って最初に運転したクルマが、父のVOLVOでした。当時はまったく知らなかったのですが、その頃からすでにサステナビリティを実践されてこられたと知って、改めて素晴らしいことだなと感じています。
マーティン
はい、ありがとうございます。現在の末吉さんの活動のきっかけは、『世界ふしぎ発見!』のレポーター時代だったそうですね。当時私も日本に住んでいたので、毎週楽しく拝見していました(笑)。




末吉
ありがとうございます(笑)。2004年に番組の取材で、アフリカ最高峰のキリマンジャロに登頂したのがきっかけでした。温暖化の影響で溶けかかった氷河を見に行ったのですが、その雪解け水の一部で生活している麓の村では、子どもたちが「どうか再び氷河が大きくなりますように」と祈りながら木を植えていました。背中を押されるようにして頂上まで登ると、山頂には1~2割くらいしか氷河が残っておらず、その光景を目の当たりにして、いてもたってもいられなくなったのです。以来、問題の解決を模索する中で、フェアトレードの講座を開催するなどの活動を始め、2015年に「エシカル協会」を立ち上げて、エシカルを広く知ってもらう普及活動をしています。
マーティン
ボルボにとってエシカルやサステナビリティは基本姿勢ですし、消費者の意見はビジネスにおいて重要ですから、とても興味深いテーマです。
まず始めに、末吉さんの活動についてお話いただけますか。
末吉
私たちのミッションは、エシカルの本質について自ら考え、行動し、変化を起こす人を育て、エシカルな暮らし方が幸せのものさしとなっている持続可能な世界を実現することです。日本人はよく何をしたらいいですか?とHOWを知りたがりますが、それよりも重要なのはWHYだと思っています。ですから、なぜいまエシカルが必要なのかを知ってもらう「エシカル・コンシェルジュ講座」の開催、全国の企業や自治体、教育機関での講演に加え、最近は政策提言などの政府や自治体への働きかけにも力を入れています。

「エシカル(ethical)」とは直訳すると「倫理的な」という意味です。一般的には、多くの人が正しいと思っていること、人間が本来持つ良心から発生した社会的規範といえます。私たちは、人や地球環境、社会や地域に配慮した思いやりのある考え方や行動のことである、とみなさんに伝えています。実は日本人が古くから大切にしてきた、「お互いさま」や「もったいない」、「おてんとうさまが見ている」といった精神に近いので、より多くの方々に身近な話と受け止めていただけるのではないかと思っています。
マーティン
とても大切な視点ですね。誰も見ていない時にこそ、正しく行動できるかどうか、が本当のエシカルだと思います。その考えが企業にあるか、行動できるか、実に根本的なところですね。

実際にいま、自動車メーカーではスカンジナビアを中心に、エシカルな経営が求められています。昔はパワーやデザインが重視されていましたが、いまはサステナブルであることがお客様に求められているからです。




末吉
はい、エシカルはいろいろな領域につながっていく本質的なことだと思います。

その中でもとくに私たちは、暮らしに密接な関わりのある消費活動に注目し、生活者にエシカルというもう一つのものさしを持っていただきたいと思っています。誰でも日々の消費活動を、エシカルな視点を持って行っていくことで、企業や生産者がより良くなっていく後押しができます。世界が抱えている様々な問題の解決のための一端になれるのです。大きな影響力があるのに、日本の生活者はその権利を生かしていません。もっと私たちの声を届けていく必要があると思いますし、小さな声でも積み重ねていけば、より大きなムーブメントにつながり、社会を変えていくパワーがあるということを、多くの人に知っていただきたいなと思っています。
マーティン
モノを買うとき何を選ぶのか、その行動こそがお客様の声であると思います。そして日本でも、高い・安いということだけではなく、エシカルな視点を持った消費行動が広がることに大変に期待します。
末吉
具体的には、製品の背景にまで思いを馳せて、どのようにつくられているのか、お店の人に聞いたり、自分で調べたり、企業に問い合わせたりすることが大事です。あまりにリーズナブル(reasonable)なものには、文字通りリーズン(reason)があるということです。安いという価値だけで買い物を続けていては、最終的に自分たちが困ることになりかねません。もっと長い視点で考えてもらえたらと思います。

それに、エシカルなものを購入することは、結果的に節約にもつながるのではないでしょうか。最初にかかるお金はちょっと多いかもしれませんが、作り手の思いや背景、物語に思いを馳せることで、大切に長く使おうという気持ちになります。


これからの企業に求められるエシカルな経営。



マーティン
おっしゃる通りで、お客様の力というのは実はとても大きいと思います。

ボルボは率先してエシカルな取り組みを進めてきました。「エシカルで責任あるビジネス」が経営目標の柱の一つであり、その一環として、何をどこからどのように調達しているか、資材調達に関するプロセス全体の透明性とトレーサビリティの確立に取り組んでいます。

例えば、コバルトの調達です。私たちは2030年までにすべてのクルマを電気自動車にするのですが、末吉さんもご存じの通り、電気自動車のバッテリーに必要なコバルトの生産過程には、鉱山での強制労働など人権侵害の問題が議論されています。私たちは自動車メーカーとして初めてブロックチェーン技術を採用し、採掘地に関する情報が改ざんされることのないよう、サプライチェーン(供給網)全体で監視・追跡をしています。
末吉
大切な取り組みですね。企業に求められるエシカルな経営を考えるとき、透明性は非常に重要だと思います。まずサプライチェーンの可視化、そして情報の開示です。

ボルボさんは電気自動車のライフサイクル全体のCO₂排出量も、データをすべてウェブサイトに公開しているというのがすばらしいですね。

とくに、「企業姿勢」の「ボルボで起こっていることに興味のある方が、私たちの進捗状況を確かめ、何を支持しているかを知ることができるようにしていきたい」の一文には感動しました。進捗をともに確かめながら目標に近づいていくという姿勢に、非常に共感しました。日本の企業の多くは、自分たちができていることしか開示しませんが、できていないことを認識することが重要です。目標を示した上で、現状ここまでしかできていないと開示する方が、むしろ信頼を得られると思います。ですが、全ての情報公開ができる企業はなかなかないのではないでしょうか。




マーティン
ありがとうございます。よく聞かれるのですが、これはマーケティングではありません。1927年の創業以来ずっと変わらず大切にしている考え方、いわばDNAです。ボルボの出発点は「人」であり、「人を中心に考える」という理念を持って安全性を追求し、サステナビリティに取り組んできました。まさにエシカルだと思います。ですから、私たちにとってはあくまで自然なことなのです。

もう一つ、お客様からの要求に応えた例が、インテリアへのレザーの廃止です。私たちは今後一切、電気自動車モデルにレザーを使わないことを決めました。レザーは、動物愛護の点でよくないのはもちろんですが、加工の過程で水などの資源も多く使いますから、環境への影響が大きいのです。そうした声に耳を傾けて企業も変化していかなければ、いずれお客様は他のブランドを選ぶでしょう。


何がプレミアムであるのか、価値観がシフト。



マーティン
つまりプレミアム(高級)のコンセプトが変わってきていると思います。
日本では、レザーは高級という価値観がまだ強いですが、スウェーデンではすでに、本当のプレミアムとは、エシカルでありサステナビリティである、という価値観にシフトしています。
末吉
ええ、ラグジュアリーもそうですね。より人や環境に配慮したものこそが新しいラグジュアリーであり、それを求めていく方がカッコいいという動きが出てきていますね。今後消費の中心になってくる若い世代は、生まれたときからそれがあたりまえのエシカルネイティブです。その流れは確実に日本にも押し寄せているので、彼らに選ばれるためにも、企業は変わらざるをえないと思います。
マーティン
私たちもそうしたエシカルネイティブに向けて、サブスクリプションや今後はさらにカーシェアなど、「所有」から「利用」へとシフトしていく必要があると考えています。ボルボはクルマというモノを提供するメーカーから、安全でサステナブルなモビリティという体験を提供するモビリティプロバイダを目指していくつもりです。


聞き手:ボルボ・カー・ジャパン株式会社 代表取締役社長 マーティン・パーソン

1971年スウェーデン生まれ。明治大学に1年間留学して経営学を学び、1999年ボルボ・カーズ・ジャパンに入社。約10年を日本で過ごす。その後、スウェーデン本社でグローバル顧客管理部門の責任者を務め、ロシア、中国などを経て、2020年10月、ボルボ・カー・ジャパンの社長に就任。12年ぶりの日本で楽しみにしているのは、温泉地巡り。日本の温泉は、旅館や料理などトータルに楽しめるのはもちろん、温泉地の豊かな自然が何よりの癒し。