環境対策は地球全体で考える。生態系と同じ。[前編] 2021/12/22

五箇公一(生態学者) × マーティン・パーソン #01

TAZUNERU[たずねる]
ボルボ・カー・ジャパン社長のマーティン・パーソンが、これまでにない捉え方やアイデア、技術でサステナブルな活動に取り組み、各界でイノベーションを起こしているリーダーたちを“たずねる”。





生態学者・国立環境研究所 生態リスク評価・対策研究室室長 五箇公一(ごか こういち)

1965年富山県出身。幼少期から自然に親しむ。1990年京都大学大学院修士課程修了。バイクツーリングを趣味として、在学中には日本一周を敢行、各地の原風景に触れた。在学中に出会い、のめり込んだ「ダニ」の研究を生かすべく総合化学メーカーに入社、農薬開発に携わる。しかし、農薬が全く効かないダニの出現に敗北感を覚え、1996年博士号取得後、国立環境研究所に転じた。専門は保全生態学など。現在は生物多様性の保全、とくに外来生物対策に取り組む。国や自治体の政策にかかわる一方で、黒ずくめのスタイルで「全力!脱力タイムズ」(フジテレビ)などバラエティ番組にも出演。メディアを通じて幅広く環境科学の普及に努める。近著『これからの時代を生き抜くための生物学入門』(辰巳出版)が好評。



革ジャンにサングラスという研究者らしからぬ風貌で、生物多様性や地球環境についてわかりやすく解説し、「異色の生物学者」としても知られる五箇公一先生。生物学の視点から解き明かされる自然と人の営みは、私たちの世界の見え方を変えてくれます。
今回、訪ねたのは、五箇先生が研究に取り組む筑波研究学園都市(茨城県つくば市)の「国立環境研究所」。現在起きている生物多様性の危機や、私たち人間へのリスク、さらに未来を生き抜くヒントについてうかがいました。



人が生きていくためには、生物多様性が必要。



五箇
これ、ボルボさんへのプレゼントです。
マーティン
ありがとうございます……何ですか、コレ⁉


五箇先生がCGでつくったダニの絵と。



五箇
私がCGでつくったダニの絵です。
これはクワガタムシにつくダニで、「クワガタナカセ」といいます。クワガタムシの体の表面につくゴミやカビを食べて共生しています。一緒に進化しているから、クワガタの系統ごとにダニの系統がある。ちなみにダニ類は地球上で見つかっているだけで約5万種います。ダニってライフサイクルが短いから進化のスピードが速い。多様性が面白いんですよ。
マーティン
ダニだけで約5万種もいるんですか。それもクワガタだけに棲むダニがいるとは、初めて聞きました。なるほど、ダニにもちゃんと役割があるんですね。つまり、ダニもいないと生態系が回らないということですね。
先生は生物多様性の大切さを語られていますが、なぜ私たち人間にとって重要なのか、教えてください。
五箇
多様な生き物がいて生態系をつくっていて、そのおかげで水や空気や食べ物ができて、我々人間が生きていける。だから人が生きていくためには、絶対に生物多様性が必要なんです。それをあまり壊してしまうと、空気や水の状態も悪くなるし、今のような気候危機も起こって、人間にとって非常に危険な状況が迫りくる…。生物多様性を維持して管理、共生していく本当の意味は「生き物がかわいそうだから」とかいう話ではないんですね。人間社会の「安全保障」が生物多様性。だけど、草木があり生き物がいる世界が、あまりに当たり前すぎて、その喪失の危機に対する実感がないんです。
マーティン
私たち人間とは一見無関係に思えるような生き物たちも、実は複雑につながり合っていて、この世界が成り立っているということですね。確かにこれはなかなか実感しにくい。バランスが崩れてみて初めて気が付くことかもしれません。今まさに、その生物多様性が危機的な状況になっているわけですね。
五箇
生き物の種数自体がかつてないペースでどんどん減っていて、現時点で絶滅に瀕しているのは100万種ぐらいあるんじゃないかとされています。このまま放置すると、生物史上最悪の絶滅時代を迎えてしまって、ひょっとすると取り返しがつかないかもしれない。
マーティン
100万種も! 想像していた以上に、深刻な事態ですね。
五箇
生き物自体は、減ってもまた増えるんです。ちゃんと環境に適応して進化を繰り返すので。その一つの表れとして害虫が増えているでしょう? 例えば、西アジアでサバクトビバッタが大発生したり、ゴキブリやネズミといった人間環境に適応した生き物は着々と増えていたりする。だから、生き物自体は絶対に滅びることはない。問題なのは、そういう変動の中で、人間社会が生き残れるかどうかなんですね。
人間はそういう変化にすぐには適応できない。人間は人間社会という自分たちにとって快適な環境を自らつくってその中で生き続けているので。
マーティン
なるほど。これはまさに、人間にとっての危機ということですね。この「国立環境研究所」では、そういった問題を研究されているのですか。


茨城県つくば市にある緑豊かな国立環境研究所。



五箇
ええ。ここは環境省直轄の研究所で、気候危機をはじめ廃棄物、化学物質による汚染、農薬の影響、生物多様性の劣化など、すべての環境問題の対策に取り組んでいます。その中で私の仕事は、生物多様性の保全、とくにヒアリをはじめとする外来生物の対応策です。
最近とくに力を入れているのは、感染症対策です。まさにこの新型コロナ、新興感染症は、もとはといえば野生生物が起源とされていて、そういった生物の世界に対して人間が悪影響を及ぼすことで、そこに棲んでいたウイルスたちが人間社会にスピルオーバー(地域を越えて漏れ出ること)している。昔から100年とか200年というタイムスパンでパンデミックが起きていたのが、今は10年単位とすごく短くなっているんです。背景には、人間が環境に対してものすごく負荷を与えていることがあります。だから新興感染症は、環境問題でもあるんです。 
マーティン
コロナもつながっているんですね。ますます人類全体に危機が迫っているのを感じます。
五箇
そうです。
絶滅危惧種それ自体が今ある生物多様性全体にどれくらい影響を及ぼすかということも、まったくわからない。なぜなら今、この地球上に棲んでいる生き物の種数すら、まだ把握できていないから。実は、我々生物学者もわからないことだらけなんです。次々と発見もあるし、生物もどんどん進化しているから、人間の知識が追いつかない。ウイルスがいい例ですよね。
対応策としては、理解できるようになるまでは無闇に壊さないことがいちばんですよ。だって、この生態系メカニズムって、40億年かかってつくり上げられているから。だから、現状維持。「保全しましょう」ということになるんですよね。
マーティン
とてもわかりやすいですね。
確かなことは、この地球上の生態系の中で人間は何万年も命をつないできたという事実。それを数十年、数百年で私たちが大きく変えてしまったら、何が起きるかわからない。実際、これまでにないようなことが起きている…。今こそ、地球環境を守るために、真剣に考えなければいけませんね。


地球規模で、環境への負荷を考える。



マーティン
クルマにも責任があります。
ボルボは1927年の創業以来、人の命を守ることを第一に考えて取り組んできましたが、人の命を守ることは、地球環境を守ることでもあります。自動車メーカーである私たちには、環境への影響を最小限にする責任があると思っています。
五箇
結局、環境に負荷を与えているのは、私たち一人ひとりのライフスタイルそのものなんです。当たり前に水や空気を汚すし、CO₂を排出し、森を削って、食料を過剰につくってムダに廃棄する生活を繰り返していると環境は悪くなる。その中で、正直なところ、自動車がこれまで大きな負荷をかけているのは事実です。
今は時代が変わって電気自動車や水素自動車へと進化していますが、生産と消費というサイクル自体は、現状はまだまだ不完全なんですね。
マーティン
そう思います。電気自動車を出しました、だからサステナブルになりました、というのは違います。
五箇
こと日本にフォーカスすると、何の資源もない中で電気自動車をつくりましょう、といっても、例えばリチウムイオンバッテリーに必要なレアメタルは遠いアフリカや南米などで採掘されていて、その国々で「お金になる」と掘りまくれば、当然森も減る、オランウータンも減る、ということが起こる。もちろん、リチウムイオンバッテリー自体が悪いわけではなくて、どうリサイクルしていくか、材料をどう省力化して生産していくかを併せて考えていく、生産の現場まで目を向けないといけないですね。
マーティン
そうです。倫理的で責任あるバッテリー調達が必要だと思います。私たちは取り組みの一つとして、自動車メーカーとして初めてブロックチェーン技術を採用し、バッテリーの製造に欠かせないコバルトが正しく調達されていることを追跡・監視しています。
世界の天然資源は限られています。廃棄物を最小限に抑え、クルマをリサイクルするとともに、全車にリサイクル素材を使用し、リサイクルされたバイオベース材料の割合を大幅に増やすべく取り組んでいるところです。
生産工場も重要です。2008年以降は、ヨーロッパのすべての工場を水力発電で稼働しています。


研究所のオープンテラスにて。



五箇
電気自動車の場合、その電気をどこから供給しますかという話もあります。さらに、最終的に廃車はどこに行くのか、という問題まで目を向けないといけない。課題はいっぱいある。「ゆりかごから墓場まで」トータルで環境への負荷を考えて議論しないと。地球全体として考えないといけないという点では、生態系と同じ。つながりを考えながらやっていかないと。
マーティン
おっしゃる通りです。
電気自動車にとって、そのエネルギー源である電気がどのようにつくられるかは重要です。ボルボとしては、再生可能エネルギー企業と協力して、サステナブルなモビリティを追求していきたい。ボルボは2025年までに、クルマ1台あたりのライフサイクル排出量を40%削減することを目指しています。
五箇
いっぺんにやるのはムリなんです。一つひとつちゃんと考えながら進化させていくことが大事で。ブームで終わらせるのではなく、そういう挑戦をし続けていかないといけない。
マーティン
ヨーロッパでは、そういったことをユーザー側からすごく求められているんですね。どんな工場で、どんな材料で、どんなエネルギーを使ってつくられているか。
五箇
そう、気持ちよく乗りたいから。
マーティン
ユーザーから求めがあれば、解決策は出てくると思うんです。日本ではまだ、そこまで意識されていないように感じます。
五箇
ユーザーがリテラシーを上げないといけない。海外の人の意見を聞くのは勉強になります、本当に。


聞き手:ボルボ・カー・ジャパン株式会社 代表取締役社長 マーティン・パーソン

1971年スウェーデン生まれ。明治大学に1年間留学して経営学を学び、1999年ボルボ・カーズ・ジャパンに入社。約10年を日本で過ごす。その後、スウェーデン本社でグローバル顧客管理部門の責任者を務め、ロシア、中国などを経て、2020年10月、ボルボ・カー・ジャパンの社長に就任。12年ぶりの日本で楽しみにしているのは、温泉地巡り。日本の温泉は、旅館や料理などトータルに楽しめるのはもちろん、温泉地の豊かな自然が何よりの癒し。目下の関心事は、「ビッグフィフティ(Big 50th Birthday)」。スウェーデンでは日本の還暦同様に重要な「50歳の節目」を迎える。