デジタルで高まる「体験」の価値。 [後編] 2021/10/28

猪子寿之(チームラボ 代表) × マーティン・パーソン #02

TAZUNERU[たずねる]
ボルボ・カー・ジャパン社長のマーティン・パーソンが、これまでにない捉え方やアイデア、技術でサステナブルな活動に取り組み、各界でイノベーションを起こしているリーダーたちを“たずねる”。



「反転無分別、境界を越えて描かれる - One Stroke, Cold Light / Reversible Rotation, Flying Beyond Borders - One Stroke, Cold Light」



チームラボ 代表 猪子寿之(いのこ としゆき)

1977年徳島市生まれ。2001年東京大学工学部計数工学科卒業と同時に、アート集団「チームラボ」を創業。集団的創造によって、アート、サイエンス、テクノロジー、さらに自然界の交差点を模索している国際的な学際的集団。アーティスト、プログラマ、エンジニア、CGアニメーター、数学者、建築家など、様々な分野のスペシャリストから構成されている。2011年、台北での初個展をきっかけに、世界各地でアート展を開催し、多くが常設展示されている。美術館に限らず、九州・武雄温泉の「チームラボ かみさまがすまう森」など、デジタルによって「自然が自然のままアートになる」展覧会も各地で開催。2018年には東京・お台場に旗艦ミュージアム「チームラボボーダレス」を開館。2019年度の来館者は219万人を超え、ギネス世界記録に。



前編では、アート集団「チームラボ」を率いる猪子さんが、アートを通して模索し続ける「境界のない世界」、その発想の源や想いについてうかがいました。
後編では、北ヨーロッパの人々から受けた影響やサステナブルな取り組み、さらにデジタルテクノロジーによって変わる未来について語り合います。



北ヨーロッパは、行くたびに背筋が伸びる場所。



猪子
実は僕、北ヨーロッパがすごく好きで。行くたびにリスペクトしています。
マーティン
それは嬉しいですね。
猪子
環境への考え方がまったく違いますね。昔から意識が高くて、自分が恥ずかしい気持ちになる。「変えていかなきゃ」と行くたびに思ってしまう、そういう場所ですね。
影響を受けて、ボーダレスをつくるときに自分も何かできる範囲でやりたいなと思って、2019年に館内の自動販売機からペットボトルをなくしたんです。実は、自動販売機からペットボトルをなくしたのは、日本でここが初めてなんです。当時、ペットボトルに代わる、再利用可能なアルミ缶入りの水というものがなくて、わざわざつくったんですよ、アルミボトル入りの水を。今はピュアウォーターを無料提供する給水スポットもあります。
マーティン
大切な取り組みですね。実際にアクションを起こされたところが、素晴らしい。
猪子
北ヨーロッパに行って、ほんとうにそういう生活を皆さんがされているのに感銘を受けて。
彼らの生き方みたいなものに毎回影響を受けています。
マーティン
確かに、ヨーロッパの国々の地球環境に対する取り組みというのは、日本よりも早いですね。
今、クルマ業界でも電動カーがブームのようになっていますが、ボルボはすでに1940年代から地球環境に配慮したクルマづくりを推進してきました。サステナビリティは私たちの企業活動の基盤であるし、またこの点においては常に規範でありたいと思っています。そういうDNAがあるからこそ、電動化を進めている。そこを日本の方々にもわかってもらえたら嬉しいですね。




猪子
北ヨーロッパの人たちは、アーティストとしてもすごく大事にしてくれます。
これまで、フィンランドのヘルシンキでは国を代表するような美術館「アモス・レックス」のオープニングで展覧会をやらせてもらったり、デンマークでは、本当に素敵な美術館「アロス・オーフス」で展覧会をさせてもらって。今後は、ドイツのハンブルク、オランダのユトレヒトにも、チームラボのミュージアムができる予定です。
マーティン
素晴らしい。スウェーデンでも展覧会ができるといいですね。いや、きっとできるでしょう。


モノよりも、贅沢な体験を提供したい。



マーティン
チームラボのデジタルテクノロジーの使い方、そのパワーには、非常に可能性を感じました。今後、デジタルテクノロジーによって、世の中はどう変化していくと思いますか?
猪子
アートについて言えば、デジタルになることで人間の表現が物質から解放されるし、表現の新しい可能性が広がると思います。
今までは物質と一体化させてこの世に残ってきた。歌を残そうと思ったら、レコードやCDにしないといけなかった。写真は、銀板やフィルムに定着させないといけなかった。でも、今はデータのままでいい。物質から自由になることで、今までの表現ではできなかったような可能性が広がるんじゃないかと思います。「境界がない世界」というのも、物質から解放されたことでよりつくりやすいんじゃないかと思った。
人が物質から解放されると、もしかしたら「所有」からも人はより自由になっていくんじゃないか。それがいいか悪いかは別ですけど。自分の立場としては、「金持ちがアートを買う」というような世界ではなくて、所有しようがしまいが、たくさんの人にここに来てアートを体験してもらえたら。体験そのものの方が価値があるんじゃないかなと思って。




マーティン
私たちとしても、モノより体験、大賛成です。クルマも同じだと思う。これまでクルマは個人で所有することがあたりまえでした。でも、その「自分のクルマ」は、実際あまり使われていないことが多い。もし週に1時間乗るだけだとしたら、すごくもったいない。「自分のクルマ」は、サステナブルではありません。でも、移動にはモビリティが必要ですよね。だから、サブスクリプションやカーシェアなどの形にシフトしていく必要があると思っています。
猪子
そうすると、所有元がユーザーから自動車メーカー、つまりボルボさんになるわけですね。
マーティン
そうです。私たちはクルマというモノを提供するというよりは、直接モビリティという体験を提供するということになります。製造メーカーから、モビリティプロバイダを目指します。
猪子
ほう、面白いですね。
マーティン
モビリティという体験の安全性、快適性を追求する上で、重要になってくるのが自動運転です。これまで人は運転に集中しなければなりませんでしたが、自動運転の技術やデジタルの進化によって、クルマは自由に使える空間になる。新しい体験ができる空間です。
私がこれから面白そうだなと思っているのは、アートと自動運転のクルマとのコラボレーションです。クルマがアート体験のスペースになってもいい。デジタルとクルマのコンビネーションは面白いと思います。
チームラボは、これからどんな体験で私たちをワクワクさせてくれますか?
猪子
今年は新たな試みとして、期間限定ですが、六本木にアートと一体になれるサウナをつくりました(「TikTok チームラボリコネクト:アートとサウナ」2021年11月23日まで)。サウナに入って、冷水シャワーに入って、というのを3回繰り返すと、いわゆる「整う」んですね。心身が最高の状態になったところでアートを見てもらう。
マーティン
それも面白い発想ですね。
猪子
アートというのは、権威のある場所、高級感のある場所に置くのがいちばんいいとされている。僕はそれよりも、来てくれた人を最高の状態にしてアートを見てもらうほうが、贅沢な体験になるような気がして。
マーティン
常に、チャレンジを続けていますね。今後も、新しい体験ができる作品を楽しみにしています。本日は素晴らしいお話をありがとうございました。


「人々のための岩に憑依する滝 / Universe of Water Particles on a Rock where People Gather」



ユニークな発想と行動力で、常識を超え、さまざまな領域を越えていく、まさにボーダレスな猪子さん。圧倒的なデジタルテクノロジーのパワーは、私たちの今後のイノベーションのヒントにもなりそうです。そして、「境界をなくす」そのチャレンジには、社会を変え、サステナブルな未来につながっていく可能性があると感じました。



ボルボ チームラボ かみさまがすまう森
会期: 2021年7月16日 (金) - 11月7日 (日)
会場: 御船山楽園 (佐賀県武雄市武雄町大字武雄4100)
地図詳細はこちら
料金:
平日: 大人 1,200円、中高生 800円、小学生 600円
土日祝及び8/13・8/16: 大人 1,400円、中高生 800円、小学生 600円 未就学児: 無料



聞き手:ボルボ・カー・ジャパン株式会社 代表取締役社長 マーティン・パーソン

1971年スウェーデン生まれ。明治大学に1年間留学して経営学を学び、1999年ボルボ・カーズ・ジャパンに入社。約10年を日本で過ごす。その後、スウェーデン本社でグローバル顧客管理部門の責任者を務め、ロシア、中国などを経て、2020年10月、ボルボ・カー・ジャパンの社長に就任。12年ぶりの日本で楽しみにしているのは、温泉地巡り。日本の温泉は、旅館や料理などトータルに楽しめるのはもちろん、温泉地の豊かな自然が何よりの癒し。目下の関心事は、「ビッグフィフティ(Big 50th Birthday)」。スウェーデンでは日本の還暦同様に重要な「50歳の節目」を迎える。