世界は本来、境界のないもの。[前編] 2021/10/26

猪子寿之(チームラボ 代表) × マーティン・パーソン #01

TAZUNERU[たずねる]
ボルボ・カー・ジャパン社長のマーティン・パーソンが、これまでにない捉え方やアイデア、技術でサステナブルな活動に取り組み、各界でイノベーションを起こしているリーダーたちを“たずねる”。



「反転無分別、境界を越えて描かれる - One Stroke, Cold Light / Reversible Rotation, Flying Beyond Borders - One Stroke, Cold Light」



チームラボ 代表 猪子寿之(いのこ としゆき)

1977年徳島市生まれ。2001年東京大学工学部計数工学科卒業と同時に、アート集団「チームラボ」を創業。集団的創造によって、アート、サイエンス、テクノロジー、さらに自然界の交差点を模索している国際的な学際的集団。アーティスト、プログラマ、エンジニア、CGアニメーター、数学者、建築家など、様々な分野のスペシャリストから構成されている。2011年、台北での初個展をきっかけに、世界各地でアート展を開催し、多くが常設展示されている。美術館に限らず、九州・武雄温泉の「チームラボ かみさまがすまう森」など、デジタルによって「自然が自然のままアートになる」展覧会も各地で開催。2018年には東京・お台場に旗艦ミュージアム「チームラボボーダレス」を開館。2019年度の来館者は219万人を超え、ギネス世界記録に。



世界を舞台に革新的なアート活動を続けているアート集団「チームラボ」。デジタルテクノロジーを使った新しいアート体験は、世界各地でたくさんの驚きと感動を生み出しています。今回、訪ねたのは、旗艦ミュージアムである東京・お台場「チームラボボーダレス」。巨大空間で「境界のないアートの世界」を体験できる、これまでにないミュージアムです。チームを率いる猪子さんに、その独創的な発想の源や、原動力となっている想いについてうかがいました。



「チームラボ かみさまがすまう森」で模索したこと。



マーティン
今回私たちが協賛させていただいた九州・武雄温泉、御船山楽園でのアート展「チームラボ かみさまがすまう森」では、ネイチャーとデジタルの融合がすごく印象的でした。とてもイノベーティブで、ネイチャーのままアートを表現していて感動しました。
猪子
もともと御船山楽園の森自体に非常に長い歴史があって、すごく昔から地域の人々にとって特別な場所だった。信仰の対象になっていたような山や岩や大樹だったり、人に関わるものも色濃く残りながら連続してるんですね。あの場所をどうにか復活させて維持してもらいたいし、自分としてもそういう場所で、何か積み重ねていければいいなと思って。ほんとうにいろんな人に助けてもらいながらですが、新しいチャレンジができました。
マーティン
今回の試みは、ネイチャーとデジタルテクノロジーを融合することによって「長い時間の連続性の上にある生命」を表現しようされたということですね。
猪子
ええ。人間って、なぜか自分が生きた時間しか認識できないんですね。今日と昨日、今日と去年は連続していると感じられますけど、第二次世界大戦や江戸時代が、今日と連続しているようには思えない。何かフィクションみたいに感じてしまう。でも、御船山楽園のような場所に行けば、それが感じられるんじゃないかと。
東京みたいな街は、壊してつくっての繰り返しだから、そこに長い時間が連続していて今があることを忘れてしまう。でも、御船山楽園には、1300年前に行基が彫ったという仏像が残っていたり、森の中には樹齢3000年のほんとうに大きな木もある…。
マーティン
過去からの時間のつながりが感じられる。
猪子
つまり、自分たちの知らない長い時間の存在に気づける場所なんです。そういう場所こそがとても大事だと思います。


夜の御船山楽園。作品「岩壁の空書 連続する生命 - 五百羅漢 / Rock Wall Spatial Calligraphy, Continuous Life - Five Hundred Arhats」



マーティン
わかります。そういった気づきは、サステナブルな未来を実現するためにも、重要なことだと思います。自分たちが、長い長い時間の中に生かされている存在なんだと気づくことができれば、この先の世界にも目を向けられるようになりますね。
そして、今回ボルボがコラボレーションさせていただいたアート空間も、9月からさらにリニューアルして、新たに天井から大きな作品が現れましたね。


御船山楽園ホテル内、チームラボの作品「Light Sculpture of Flames」とボルボによるアート空間。



猪子
あれはすごく簡単に言うと、無数の光の点で3次元の立体物である炎を創り出した、インタラクティブな光の彫刻です。
炎は立体だけれど光でできているので、外側は赤で内側が明るい白になる。対して物質であるモノ、例えばゆで卵は外が白で中は黄色だけれど、中の黄色は見えない。光でできている炎は、内側の強く明るい白色は、外側の赤色と混じっても白色に見えるから、立体なのに平面の絵画のように見えたりするんですね。それが面白いと思って。モノで立体物をつくることと、光で立体物をつくることは、全然認識が変わるということを体験してもらいたいなと。そして、いろんなことを考えるきっかけになってもらえたらいいなと思います。


「チームラボボーダレス」で目指した、境界のない世界。



マーティン
ここ「チームラボボーダレス」もまた、すごく斬新ですね。私は日本っぽくないと思いました。まず印象的なのは、決まったルートがなく、自由なこと。子どもたちがすごく喜んでいる。子どもって、おとなしくしていなければいけない美術館ってあまり好きじゃないでしょう。「何があるのかな」と発見したり、自分でドローイングをしたり、こんなふうにいろいろな体験で子どものブレインを刺激することは、とてもいいと思います。
もう一つは、インタラクティブなところ。私も、アートの中に体ごと入って「アートを体感する」という新しい体験に、興奮しました。
猪子
「チームラボボーダレス」は、境界なく連続してつながっていく一つの世界の中で、自らさまよい、探索し、発見していくというミュージアムなんです。
マーティン
チームラボは、時間の連続性に対する認識の境界、自分と世界との間にある境界など、さまざまな境界を超えることを模索されていますね。なぜ境界をなくそうと考えるのですか? 
猪子
僕が思うに、すべての存在というのは本来、連続し合っていて、そこに境界みたいなものはない。僕らは他の生き物の命をもらって生きているわけだし、その命も地球内ですら完結せず、地球の外の太陽のエネルギーをもらって生きていたりする。すべては連続し合っている。
でも、人はどうも何かを認識するときに境界をつくったり、切り取ったりするんですね。何かを言葉にするたびに、本来はない境界をつくり続ける。例えば、色一つとったって、ほんとうは色に境界はないのに、「赤」という境界をつくって、認識する。言語もサイエンスも、ものごとを切り刻み、ディティールで理解し……と繰り返してどんどん細分化されていく。放っておくと、人はあたかも世界には初めから境界があるかのようにものごとを考えてしまう。とくに都会にいると、全部がバラバラに切り離されている感じがする。
マーティン
確かにそうですね。


「花と人の森、埋もれ失いそして生まれる / Forest of Flowers and People: Lost, Immersed and Reborn」



猪子
大げさにいうと、それが無駄に分断をあおったり、何かまるで自分が独立して存在できるかのように勘違いさせてしまったりするのかなと思って。世界を切り刻んで認識するよりも、もっと全体的にそのままに認識できるような場ができたらいいと思うし、そういうふうに世界を見ることそのものがすごく幸福なことだと思うんです。「森」という言葉で、風景から「森」を切り離して認識しても、幸福にはなれない。空や海まで含めた森がある風景を眺めるほうが幸せじゃないですか。
アートにしてもそう。美の対象に境界はないはず。だから僕は、境界のないアートで、あえて「連続していること」そのものを楽しめるような……と言いながら、苦しんでいますけど(笑)。何かそういう体験ができる場所を都会の中につくりたいなと思って。世界はそういうものなんだということを、思い出してほしくて。
マーティン
なるほど。素敵ですね。「境界をなくす」ことは、サステナブルな社会の実現にも、非常に重要なことだと思います。国や立場といったさまざまな境界を越えて取り組んでいかなければ、実現しない問題だと思うからです。


ボルボ チームラボ かみさまがすまう森
会期: 2021年7月16日 (金) - 11月7日 (日)
会場: 御船山楽園 (佐賀県武雄市武雄町大字武雄4100)
地図詳細はこちら
料金:
平日: 大人 1,200円、中高生 800円、小学生 600円
土日祝及び8/13・8/16: 大人 1,400円、中高生 800円、小学生 600円 未就学児: 無料



聞き手:ボルボ・カー・ジャパン株式会社 代表取締役社長 マーティン・パーソン

1971年スウェーデン生まれ。明治大学に1年間留学して経営学を学び、1999年ボルボ・カーズ・ジャパンに入社。約10年を日本で過ごす。その後、スウェーデン本社でグローバル顧客管理部門の責任者を務め、ロシア、中国などを経て、2020年10月、ボルボ・カー・ジャパンの社長に就任。12年ぶりの日本で楽しみにしているのは、温泉地巡り。日本の温泉は、旅館や料理などトータルに楽しめるのはもちろん、温泉地の豊かな自然が何よりの癒し。目下の関心事は、「ビッグフィフティ(Big 50th Birthday)」。スウェーデンでは日本の還暦同様に重要な「50歳の節目」を迎える。