これからのオフィス 2023/02/16

Stories of Sustainability vol.12

MANABU[まなぶ]
Stories of Sustainability
スウェーデンなど北欧諸国をはじめ各国のサステナビリティな文化慣習や、取り組みをお伝えするのが「Stories of Sustainability」。未来を変えていくアクションやヒントを“まなぶ”。



世界中の企業をクライアントに持つストックホルム拠点のデザインエージェンシーのオフィス。企業コンセプトは「すべてをシンプルにして明確さを生む」。オフィスデザインにもそれが現れている。
String Furniture



生産性と快適性を両立させたワーク環境



スウェーデンは自国だけの経済規模が小さいため、世界を相手にビジネスを広げる必要があります。そのためグローバル企業を数多く輩出してきました。しかし人口は移民を入れても1,000万人ほどで、日本の12分の1程度と少なく、必然的に効率よく働かなくてはなりません。そのため世界でもトップクラスの生産性を誇ります。一人ひとりの意識や能力だけでなく、国の政策、社会システム、教育など、あらゆる点によって、この現状を維持しているのはもちろんですが、その根拠の一つに、国や経営者側の働く環境に対する意識の高さが挙げられます。心地よい仕事場、例えばオフィスワーカーの場合は、毎日使用する身の回りの備品には配慮がなされ、それらは働く人々のモチベーションを上げてくれます。機能的で洗練された家具や空間、遊び心溢れる設備、外光を取り込むための大きな窓など、ワーク環境が充実していればいるほど、そこで働く意欲は確実に増します。デザイン性の高い空間が発想力や感性を育成し、業務効率化を生み、生産性向上に繋がることが周知されているのです。

そんなスウェーデンのオフィスの象徴的なアイテムが昇降式デスクです。北欧では昇降式デスクを使う企業は一般的で、その中でもスウェーデンは90%の普及率と言われています。1日4時間以上デスクワークをする際は、数時間立って仕事をするよう労働組合が強く推奨しています。1日3時間立ちながら働くことは、フルマラソンを年間10回走るのと同じくらいのカロリー消費になるそうです。しかし多くのオフィスワーカーは、毎日平均5時間41分を着席しながらデスクワークに費やしているそうで、座りっぱなしは「第二の喫煙」と考えられており、1日7時間以上座ったままでいた場合、その後1時間増すごとに早期死亡リスクが5%増加すると言います。別の研究でも45歳以上の成人20万人のうち、座っている時間が1日平均11時間以上の人は、4時間未満の人より死亡率が40%高いことが立証されました。肥満から糖尿病、癌に至るまで、一日中座っていることで累積的に健康に及ぼす悪影響があり、立ちながら仕事をすることの利点が示されています。



スウェーデンのインテリアメーカーString Furnitureの本社。外光をふんだんに取り入れた快適なオフィスには、自社の電動昇降式デスクが使われている。
String Furniture



昇降式デスクを使用するメリットは、このような健康リスクに対してだけではありません。生産性の向上や欠勤の減少が見られたという研究結果もあります。社内のラフなミーティングは、座るとリラックスして集中力が途切れダラダラしてしまいがちですが、立ったままだと気が引き締まり、能率的に短時間で済みます。

スウェーデンでは電動昇降式デスク用のスマートフォンアプリがあり、それぞれの好みや体格に合わせて、デスクの高さを時間でコントロールできます。時間が来たらアラームが鳴り、自動的に設定した高さにデスクが動きます。自分で意識しなくても健康的で効率的なデスクワークをアプリが管理してくれるというわけです。またスウェーデンの隣国デンマークでは、政府が国内企業の労働環境を調査して、国の定めに反する組織にはペナルティを与える法律があります。これにより昇降式デスクの使用率が95%と高く、近い将来スウェーデンでも同じような法律が誕生すると考えられています。なぜ国がそこまで徹底して働く環境を管理しているのか、その理由は明確です。各々の生産性を上げることは経済がより良く回り、国民が健康を維持することは、最終的に国の医療費負担が軽減され、その結果、社会全体の便宜を得ることができるからです。

実は日本でも2015年に経済産業省が、東京証券取引所と共同で、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる企業を「健康経営銘柄」として選定・公表する制度を開始しました。2016年には、優良な健康経営を実践している上位500社を「健康経営優良法人ホワイト500」として毎年認定する制度を始めました。結果、国内メーカーの昇降式デスクの販売実績が、大幅に向上したと言います。また2017年4月に開催された政府の「未来投資会議」では、生産性の向上や医療費の節約につながるという理由から、従業員の体調管理を重視する「健康経営」を実行する企業に対し、優遇措置を作る方針が示されました。これにより現在は金融機関による融資優遇、自治体による工事入札の加点、保険会社による保険料の負担軽減などと言ったインセンティブが付与されるようになりました。

今日、新型コロナウイルス感染症の流行がきっかけとなり、リモートワークを推進する企業が増加しています。スタンフォード大学の調査によると、生産性においてはオフィスであろうが自宅であろうが差異はなく、集中して行う仕事はホームオフィスのような隔離された場所の方が捗るそうです。一方でパンデミックが落ち着きを見せつつある昨今、オフィスに戻りたいと感じる人が増加しているのも事実です。その理由は、私たち人間は知らず知らずのうちに、社会との繋がりや人と人との直接的なコミュニケーションによって、多くのひらめきやアイデアを生み出していたことを、身をもって知ったからです。そしてオフィスというのは、それぞれの企業文化、強いて言うならば組織のDNAそのものを自然と体感し、価値観や世界観を仲間と共有して、仕事の方向性を導き出す場所であったということも分かりました。



住宅用のインテリアをオフィスに取り入れる企業が増えている。
Lena Granefelt/imagebank.sweden.se



再びオフィスの存在意義が示された今日、このような世界的な潮流を受けて、オフィスデザインは日々革新をもたらしています。1978年、ボルボトラックが本社に隣接する工場内にミニ植物園「オアシス」を作りました。アウトドア用のテーブルやチェアを置いて、従業員の憩いの場となるよう工夫がされたのです。当時は珍しかったこのような考えも、今では主流となりました。人類を脅かすような、あらゆる事態が発生した場合に備え、変幻自在にレイアウトを変え、時々の用途や状況に対応する、柔軟性のある空間設計も必須になりつつあります。ホームは寛ぐ場でオフィスは働く場、という概念は崩れて、汎用性・多機能性・可変性のあるモジュール家具や住宅用に作られた家具をオフィスに採用して、生産性と快適性を両立させた美しい環境が求められているのです。このようなオフィスは結果的に、企業理念を共有でき、帰属意識と最良なコミュニケーションを生むだけでなく、より良い雇用をも創出するとされています。