北欧人の購買リテラシー 2022/03/10

Stories of Sustainability vol.9

MANABU[まなぶ]
Stories of Sustainability
スウェーデンなど北欧諸国をはじめ各国のサステナビリティな文化慣習や、取り組みをお伝えするのが「Stories of Sustainability」。未来を変えていくアクションやヒントを“まなぶ”。



窓が大きく作られたスウェーデンの家。同国のデザイナーブルーノ・マットソンが1944年にデザインしたラウンジチェアが美しくたたずむ。
クレジット:Patrik Svedberg/imagebank.sweden.se



毎日の暮らしを豊かにする北欧デザインの真髄とは?



日本ではデザイン大国と言われる北欧の国々。しかし当の本人たち=北欧の人たちはピンと来ていないと言います。

「この椅子、デザインは良いけど座りにくいね」。私たちの日常生活で聞こえてくる会話です。

”デザイン”と一言で言うと日本ではその見た目を思い描きがちです。けれども本当の意味での”デザイン”とは……機能性や汎用性、耐久性、使い心地、その形が元となって生まれる美しさ、さらには適正価格の実現、素材選びとその素材の活用方法、そして生産性や流通面、作り手の働く環境など、数えるとキリがないほど様々な要素が絡み合った究極の“形”と、それが生まれる“仕組み”を言います。北欧デザインの多くには、このような深く考え抜かれた本質が存在しています。

北欧には社会民主主義的思想があり、また厳しい自然環境を持つ地域ゆえ、さらに人口が少ないために、日本と同じように助け合いの精神が根付いています。一方で個人個人が誰かに依存することなく、自立した心を持って身の丈をよく理解し、自分を持って生きている点は日本と少し違うかもしれません。一人ひとりが「大人」でいることで社会が構築されています。その上で自分が心地よいと思う環境を、経験と知恵を使って創造し、日々の暮らしを大切にしながら毎日を過ごしています。世界幸福度ランキングで、毎年北欧諸国が上位を占めている所以も実はここにあります。

また飽きのこないシンプルで機能性のある素敵な家具や生活用品が、北欧から多く誕生している訳は、冬の日照時間が短く、日中でさえも外はどんより暗いので、室内で過ごす時間が長いからです。とは言えその自然を第一に考える北欧では、善良な理念の元でものづくりが進められています。そして北欧デザインが人の心に響くもう一つの理由は、日々の営みの中で必然的に生まれた形だからです。



日照時間が短い冬は日中でもどんより曇り空の日が続く。
クレジット:Jann Lipka/imagebank.sweden.se



例えばファブリックに草花や動物が多く描かれているのは、長い冬の間でも家の中で色鮮やかな草花を目にすることができ、シンプルな家具に個性や華やかさをもたらしてくれるからです。木製の家具が多いのも自然の温もりを身近に感じられるからであり、また今のように暖房設備が整っていなかった時代に、スチール製の家具は冷たくて使いづらかったことと、自国で生息する木材を活用することで、安価で丈夫な家具を持続的に作れたからです。北欧の家やオフィスの窓が大きいのは、先に述べた冬の暗さが関係しており、外光を最大限に室内に取り入れようとする生活の知恵がもととなっています。隣の建物の白い壁に光を反射させて、より多くの明かりを室内に取り入れる建築設計も見られます。窓辺にガラス製品を飾るのは、外の光がガラスによって拡散され、家の中をより明るくしてくれるからです。



スウェーデンのファブリックは植物を描いたものが多い。
クレジット:IBEACON



北欧の人たちは、このような”もの”が生まれた背景と考え抜かれた本質ある形に価値を見出し共感します。その上で本当に自分にとって必要なものなのかを時間をかけて考え、最終的に手に入れたものは一生をかけて大切に使います。個々が使い込んだ品々には、それぞれの思い出や足跡が刻まれていきます。キズや汚れは使っていればつくのが当たり前で、汚れにくいもの、キズがつきにくいものは人工的に作られた一時的なものでしかありません。本物の素材でできたものはキズや汚れがついても、それが思い出や味わいになって、より温かみを増したアイテムになり得ます。そしてその”もの”たちが日々の暮らしをより一層優しく包んでくれるのです。この過程がさらなる付加価値を生み、経年変化という新たな美しさを引き出します。そのため手放す際は捨てるのではなく、次の世代に引き継いだり、その価値を理解する別の人に引き渡すことができるのです。”もの”も自分で育むことが大切で、それこそが個々の感性を豊かにし、美意識を育み、個性となります。

このような本質ある“形“は、最終的に時代を超えてタイムレスデザインとなり、普遍的な価値を備えます。しかしこの価値あるものを継続して生産し、次の世代に継いでいくには作り手、売り手だけではなく、買い手の責任も伴います。そのものの価値を理解し、意味を知り、それらを使うセンスが問われます。一人ひとりの購買リテラシーが必要なのです。ただし考え抜かれた価格の高い”良いもの”を買うべきという一辺倒なことではなく、このようなものの本質を知った上で、無理なく個々に最適なものを選んでいく……これこそが北欧のサステナブルで豊かな暮らしそのものであり、北欧デザインの真髄です。

実際に、北欧の”良いもの”が住まいにあれば、それだけで日常が豊かになるでしょうか。果たして北欧の人たちは北欧の”良いもの”だけに囲まれて生きているのでしょうか。答えはNOです。北欧の魅力とは"物事の考え方"、"時間の使い方"、"物の使い方"、"人との付き合い方"であり、元来日本の暮らしやデザインにも同じ意味が存在していて、だから私たち日本人は北欧に親近感を覚え、そこから生まれた北欧デザインに憧れるのです。



インテリアブランドArtekの創設者の一人アルヴァ・アアルト。人々の暮らしをより良くするために適正価格を実現した丈夫で生産性の高いデザインを数多く手がけた。
クレジット:Artek



フィンランドのインテリアブランドArtek(アルテック)のスローガンにこんな言葉があります。

One chair is enough.

直訳すると「一脚の椅子で十分」という意味ですが、「本質あるものを少なくても大切に使うことが豊かさに通ずる」と解釈できます。北欧デザインの根底には、このメッセージと同じ哲学が存在しています。