ゆりかごから墓場まで 2022/02/03

Stories of Sustainability vol.8

社会福祉制度が整ったスウェーデンでは子育てしやすい環境が整っている。
クレジット:Ulf Lundin/imagebank.sweden.se



スウェーデンなど北欧諸国をはじめ各国のサステナビリティな文化慣習や、取り組みをお伝えするのが「Stories of Sustainability」です。
未来を変えていくアクションやヒントをご紹介します。



主体性と自立心で成り立つ社会福祉制度



イギリスの経済学者で政治家のウィリアム・ヘンリー・ベヴァリッジは、1942年に社会保険と関連サービスに関するベヴァリッジ報告書を発表しました。その中身は「この世に生まれてから去るまで、社会全体で面倒をみましょう」という社会保障制度を拡充するためのもので、通称「ゆりかごから墓場まで」と言われています。 スウェーデンを始めとする北欧諸国は長年このベヴァリッジ報告書を具現化した福祉政策を進めてきました。そして今日も世界各国からその政策は注目され、毎年日本からも多くの政治家や医療・福祉関係者が視察に訪れています。

例えば妊娠・出産にも税金が賄われ、本人やその家族が出産費用を負担することはほとんどありません。健康な妊婦の場合は検診や出産にいたるまで助産師が行います。病院は病の治療のためのものであり、妊娠・出産は病気ではないとされているからです。税金を使っているのでとても効率的なシステムが採用されており、検診は妊娠8週目以降で超音波検査は通常一度きりで希望すれば回数を増やせますが有料です。出産後は正常分娩の場合、数時間後には退院となります。けれども自宅へ帰った後も助産師による訪問サポートなどが受けられ、授乳のアドバイス一つとっても心配することはありません。このように出産費用がかからないことで出生率の向上にもつながり、簡素化された仕組みは助産師や医師・看護師の労働状況にも良い影響を与えています。その後も育児休暇支援のみならず、児童手当、両親手当に始まり、果てはベビーカー利用の大人1人バスの運賃無料など、手厚いサポートが用意されています。



ベビーカー利用の大人はバスの運賃が無料。車両はもちろんバリアフリー。
クレジット:Lieselotte van der Meijs/imagebank.sweden.se



教育については小学校から大学院まで全て無料で学べます。学生はローンを組んで生活費を借り、自立をして日々の暮らしを成り立たせます。学びたい人が学びたい時に学べるシステムがあるので、大人になってからもドロップアウトすることなく、本人にやる気さえあれば何歳になっても知識と教養を身につけることができます。高いレベルの教育を受けた人は将来高いレベルで社会に貢献することができます。つまり全ての教育を無償化することで、最終的に高い税金を支払える人間育成に繋がっているのです。



スウェーデンでは親の所得による教育格差は存在せず誰にでも学ぶ権利がある。
クレジット:Cecilia Larsson Lantz/Imagebank.sweden.se



手術や特別な施術、薬などに対しては年間一定レベルまでは自己負担が生じますが、主に医療費も税金で支払われ、多くの自治体では20歳未満は完全に無料です。そのため国は国民が健康を維持して生活できるようにあらゆる角度から様々な仕組みを整えており、軽い風邪程度で診療を受けることはできません。ただし、そもそも病人を増やさなければ良いという観点から、予防医療に対する基礎知識や予防方法の訴求をすすめています。

障害を持つ人たちへのサポートに関しては、日本と考え方が明確に異なります。彼らが普通の生活を送るための福祉制度であり、出来ないから手助けするというものではありません。日々の暮らしを自分の力で営み、自分で何でも出来るようにするための道具を開発し、仕組みを構築し、街を設計して、その上で最低限の人の力による補助サービスがあります。人口が少ないので、サポートする人材を多く育成するわけにはいかないという物理的な問題もありますが、少ない人数で効率良くベストな形でフォローをし、社会の一員として共に生きていくという、ある意味で多様性の観点にも通ずる発想が存在します。障害を持つ人もそうでない人も、それぞれに出来ることと出来ないことがあることを互いが受け入れて、どんな状況でも皆平等という考え方が根付いている点もこの社会福祉制度になくてはならないものなのです。

高齢者介護に対する政策に関しては1950年代以降、家族の問題から地方自治体の責務による在宅介護サービスが推進されていきました。同じ時期、戦後の住宅不足対策による公営住宅が都市部に建設され、最新設備が整った環境下で介護が受けられる状況が助けとなり、在宅ケアによる高齢者福祉の充実した時代が訪れました。1990年以降は民営化が加速し、1992年にエーデル改革(Ädelreformen)が実施されてからは、公営・民営に関わらず同一の介護サービスを同一料金で利用でき、その上でニーズに応じて民間企業による追加サービスを受けることが可能になりました。とは言え基本的な介護サービスの大元の出どころは税金です。そのため費用が抑えられる在宅介護が多くを占めており、例え若干の記憶障害があったとしても、GPS機能付きの携帯電話を持って一人で散歩へ出かけることもでき、あくまでその行動は個人の責任とされています。このようによく言えば自主性が尊重され、デイサービスを受けながらも最低限のことを自分でまかなう必要があります。しかし本人が自立をしているので、家族も負担にならずに余裕を持って手助けができ、お互いの関係も良好でいられるようです。このように高齢者介護においても自主性や効率性、生産性を念頭に置くスウェーデンでは、コロナ禍において病床数を確保するため、高齢の感染者を集中治療室に入れない措置がとられたほどです。どんな立場でも自立して日々を過ごし、自己管理し、そこには自己責任がともなうというのがスウェーデンの福祉思想であり、「ゆりかごから墓場まで」の根底に必要不可欠な個々の精神と言えるのかもしれません。



スウェーデンの平均余命は女性84歳、男性80歳。在宅介護やリタイヤメントホームで働く看護師は138,000人と言われている。
クレジット:Maskot /Folio/imagebank.sweden.se



スウェーデンを始めとする北欧は税が高く、対国民所得比の国民負担率は約60%近くまであります。昨今、移民問題や福祉政策にも様々な課題のあるスウェーデンですが、それでも全ての税は最終的に還元され年金や医療、教育などに使用され、命が尽きるまで安心して生活が送れると国民は信じています。政治は透明で国民は細かく税金の使い道を知ることが可能です。政治家一人ひとりの領収書も全て閲覧できます。そもそも政治家の数は少なく、その給料は国民の平均収入と変わりません。そのため副業を持っている人もいます。

持続可能な社会を築くためには長期的な視野が必要ですが、そのためには心の余裕が不可欠です。スウェーデンのような福祉の充実は人々の心に余裕を生み、多角的な視点から物事を判断できる主体性を創出しているのではないでしょうか。この主体性と自立心が手厚いサポートを続けられる社会福祉制度の持続可能性への鍵なのかもしれません。