ビジョン・ゼロの挑戦 2021/12/16

Stories of Sustainability vol.7

都市では自転車道の整備も進んでおり、車道と完全に切り離されている。
クレジット:Henrik Trygg/Visit Stockholm



スウェーデンなど北欧諸国をはじめ各国のサステナビリティな文化慣習や、取り組みをお伝えするのが「Stories of Sustainability」です。
未来を変えていくアクションやヒントをご紹介します。



“人間は交通ルールに違反することもある”を前提にした道路整備



スウェーデン交通管理局(Trafikverket)が発表したデータによると、2019年の同国内における路上での交通事故死亡者数は223人で、当局が1950年から統計を取って以来、最も少ない数を記録したと言います。死亡率は人口10万人当たり2.2人です。2016年のデータをもとに2018年にWHOが発表した175カ国対象の統計では、世界平均の死亡率は10万人当たり18.2人に対して、ヨーロッパ諸国が9.3人と発表されています。統計年に違いはあれどこの数字を見るだけでも、スウェーデンの交通事故死亡者数がいかに少ないかが想像できるのではないでしょうか。

しかし、そんなスウェーデンも1970年ごろまで自動車事故での死亡率は、決して少ないとは言えませんでした。その一つの要因として1967年までスウェーデンが左側走行であったことが挙げられます。左側走行であるにも関わらずスウェーデンで乗られていた多くの乗用車は左ハンドルでした。左側走行の道を左ハンドルが左折すると車線が見えづらく、視界も悪くなることから当時は事故が絶えず、またノルウェーやフィンランドなどと陸続きのため、国境付近での左側と右側走行の違いによる事故が多発していたと言います。交通量と事故の増加、また利便性をも考慮し1967年9月3日の日曜日午前5時に左側走行から右側走行への移行が実施されました。これは前代未聞の画期的な出来事として今でも語られる歴史的1日となり、「その日」を意味するDagen(ダーゲン)と、右側通行を意味するHögertrafik(ホーゲルトラフィーク)の頭文字から、Dagen H(ダーゲンホー)の愛称で呼ばれています。

ダーゲンホーの翌年1968年には一部の道路で運転席および助手席のシートベルト着用が義務づけられ、1975年には全ての道路で完全な義務化に至りました。後部席での着用は1986年に義務となり、1988年には7歳以下の子供は必ずチャイルドシートに座らせることが必須となりました。



厳しい交通ルールが設けられているスウェーデンでは日中もライト点灯が義務付けられている。
クレジット:Cecilia Larsson Lantz / Imagebank.sweden.se



このように世界に先駆けて安全への意識を高めてきたスウェーデンですが、これに留まらず1997年に今まで以上に画期的なビジョン・ゼロ(Vision Zero)という指針をスウェーデン議会で可決しました。ビジョン・ゼロは車だけでなく自転車、バイク、船、飛行機などあらゆる交通網の安全性に関する交通施作です。とは言え単純に交通事故で死亡したり重傷者をなくすだけでなく、交通量の増加にともなう健康への悪影響、例えば交通騒音による心臓発作や脳卒中、大気汚染による病気が実際に人々の寿命を短くしていることを受けた、包括的な被害を減らすことまでもを目的としています。また、この課題をクリアにしていくための企業の開発における経済効率や持続可能性を確保することも政策に取り入れられています。ビジョン・ゼロは異なる専門家、運輸関係者、警察や公衆衛生局など交通安全に関わる様々な人材をもって組織化され、データを収集・分析しながら、それらをもとに交通事故死の傾向や潜在的な問題を洗い出し、迅速な課題解決に努めています。

道路交通においては2020年を中間目標とし、交通事故による死者数また永続的な障害を負う人をゼロにするというビジョンが掲げられました。実際その目標に到達することはできませんでしたが、この取り組みにより2000年を折り目に、死者数は減少し、プロジェクト開始以降今日ではその数は半数近くにまで下がりました。

ビジョン・ゼロの基盤は利便性よりも安全性を重視し、交通事故から人々を守るためには、交通事故に遭わないような環境を作るしか方法はないという考え方です。“人間は交通ルールに違反することもある”ということを前提にして道路整備を進め、これらに多額の資金を投入しています。歩行者、自転車、車が通る道路、正面衝突、側面衝突のリスクがある道路では、それぞれに適正な速度制限が設けられ、交差点をできる限り少なくし、ラウンドアバウト(環状交差点)と呼ばれる円形交差点の導入を進めています。また住宅街への進入路にはポールを立て、通りの幅を狭くするとともに、走行する自動車やバイクのドライバーに振動を与え、走行速度の抑制や注意喚起を図るための段差舗装が施されています。車を生産する企業の開発においては自動で速度感知を行い、道路によって適正な速度を維持したり、アラーム音を鳴らすなど、日々進化する最新テクノロジーもビジョン・ゼロに一躍買っています。また2008年にはボルボ車の交通事故による死亡者・重傷者を完全になくすという目標ビジョン2020(Vision 2020)が発表され、ビジョン・ゼロとともに持続可能な交通システム構築への試みも進められてきました。



多くの交差点でラウンドアバウトが採用されている。
クレジット:IBEACON



道路整備や車両技術の向上だけでなく、車両を操作する人間の意識改革や知識の植え付け、技術もヴィジョン・ゼロの重要な側面です。冬の時期は道が凍結することの多いスウェーデンでは、各市町村が早朝に溶雪剤などを撒きますが、必ずタイヤをスタットレスタイヤに交換する必要があります。運転免許を取得する際はこの雪道や凍結した路面を走る講習のほか、眠くなる薬をわざわざ服用しての運転や疲れている時間帯に運転講習を受け、実際にどれほどの危険性があるのかを体験する場合もあります。そもそも免許取得のハードルが高く、さらには制限速度を1kmオーバーしただけで処罰の対象になるなど交通ルールも厳しく、ドライバー自身の意識や技術に対しても厳格さを追求しています。



冬場は凍結するスウェーデンではスタットレスタイヤの使用が必須。写真はストックホルム旧市街。
クレジット:IBEACON



以前ストックホルム市内で面白い実験が行われました。オービス(速度違反自動取締装置)に宝くじ機能がつけられたのです。時速が大きく表示され、車を運転しながら瞬時に自身の車両スピードを確認することができ、法廷速度を守っている人のみ抽選券が与えられ、その賞金は速度違反の罰金から当てられるという試みでした。3日間行われたこの遊び心満載の実験結果は、制限速度30km/hの道路で、期間中24,857台の車がスピードカメラを通過、実験前の平均速度32km/hが、実験中は25km/hに減速し、22%の速度減につながったと言います。

現在スウェーデンから生まれたビジョン・ゼロの概念は世界中に広まりを見せ、これまでの実績と新たな活動は、国連のアジェンダ2030の構成にも一役かっています。またEUは2050年までに死者と重傷者の数を実質的にゼロにするというビジョン・ゼロの方針を打ち出しました。今日世界の80%の国で販売されている車が優先安全基準を満たしておらず、統計的には23秒に1人が路上で命を落としていると言われています。スウェーデンが生み出したビジョン・ゼロの取り組みが、この世界の状況を持続可能でより良い方向へ導いていくことは想像に難くありません。