芸術に触れる暮らし 2021/11/04

Stories of Sustainability vol.6

MANABU[まなぶ]
Stories of Sustainability
スウェーデンなど北欧諸国をはじめ各国のサステナビリティな文化慣習や、取り組みをお伝えするのが「Stories of Sustainability」。未来を変えていくアクションやヒントを“まなぶ”。



ストックホルム地下鉄中央駅の構内。岩盤に描かれているパターンデザイン。
クレジット:Visit Stockholm



文化的価値を創造する持続可能な社会へのヒント



世界各国で導入されている「1%フォー・アート」をご存知でしょうか。公共建築の建設費に当たる1%を、その施設に関連または付随する芸術のために支出する法制度です。大恐慌時代を克服するために行ったニューディール政策の一環として、仕事がない芸術家のために1930年代にアメリカで導入されました。この施作はその後ヨーロッパへ波及し、今日では欧米のみならず韓国や台湾でも同じような活動が見られます。絵画や彫刻だけではなくデザインや工芸、音楽、演劇、ダンスなど幅広い分野を芸術対象とする国もあれば、1%以上をそこに当てる国も出てきています。日本では過去にいくつかの自治体で「1%フォー・アート」に相当する文化政策を取り入れた事例があり、群馬県ではこれを構築する取り組みが進行中ですが、国による法制化には至っていません。

スウェーデンでは1937年に文化省の行政機関として公共芸術庁(Statens Konstråd)が設立され、いわゆる「1%フォー・アート」の動きが始まりました。当時スウェーデンは福祉国家へと進むべく急速な変化と成長の過程にありましたが、大恐慌の煽りを受けた芸術家の生活支援という意味合いが大きかったと言われています。第二次世界大戦後の1947年からは国の年間予算として計上され、現在では地域によりばらつきはあるものの、ストックホルムなどの大都市では建設費の2%が芸術に費やされています。またコロナ禍における今日、同庁は芸術家をサポートするため2021年中に2500万クローナ(約3億2千万円*2021年9月現在)の資金を使ってアートを購入すると伝えています。公募や展示、ギャラリーを通じて調達された作品はコロナコレクションと呼ばれこちらからも観覧できます。

1950年に開通したストックホルムの地下鉄は、この政策を受けて設計されました。100ある駅のほとんどに150人以上の芸術家が制作したアートが存在し、その長さが全長約105kmあることから「世界最長の美術館」と呼ばれています。彫刻、モザイク、絵画、インスタレーションの他、先駆的なものから実験的なものまで様々な作品が堪能できます。例えばクングストレードゴーデン駅は”王様の庭”というその名の通り、1600年代にマカロス宮殿が建てられた場所です。宮殿で使用されていた大理石の柱や石の彫刻、近くの通りに並んでいた当時のガスランプなど、スウェーデンの国立美術館が所有する本物の考古学的芸術品が駅構内に常設展示されています。またオステルマルムストリ駅では、アーティストのシリ・カーリン・デルケルト(1888-1973)による女性の権利と平和、そして環境問題を提唱する作品に出会えます。医療現場でも芸術を導入する動きは浸透しており、これらはホスピタルアートとも呼ばれています。芸術が患者の心に作用して癒しをもたらし、多くの面で良い効果を表すとされているのです。



マカロス宮殿にあったバロック様式の庭園をイメージしたクングストレードゴーデン駅。考古学的芸術品も見ることができる。
クレジット:Visit Stockholm



このように「1%フォー・アート」は通りや広場、公共施設に芸術作品を設置するという単純なものではありません。その場所でしか生まれ得なかった芸術の創造や、例えば作品に対して賛否の声が上がった時の対話を生み出す社会的活動であるとも考えられています。そして芸術家を育て、人の概念や美意識、感性にも影響を与えてより民度の高い国民を育成します。それは民の心のゆとりや精神的豊かさ、創造的スキルにも繋がります。様々な活動による新しいコミュニティが誕生し、人と人との関わりが活性化されると、芸術を軸としたビジネスの発展にも期待が持てます。

前述した地下鉄の場合、「世界最長の美術館」に訪れたいと思う国内外の人々がストックホルムに集うことで観光資源の役割を果たしています。写真集ができれば出版業に貢献され、世界中の買い手は癒しや驚き・発見が得られるかもしれません。若手アーティストの新しい活躍の場が見つかるかも知れず、クリエイティブの輸出によって国益をもたらします。その他落書きが酷く街の景観や治安の悪化が懸念されていた駅の壁に、モザイクアートを施すことで問題が改善された例もあります。美しくて治安が良い住みやすい街には子育て世代が住み始め、街が発展していくことでしょう。ストックホルムの地下鉄一つをとっても、芸術を軸とした心豊かなビジネスが生まれて、持続可能な経済活動が実現されているのです。

多くの国々で文明が進化し便利でモノがあふれる時代、このような文明化に収束が見え始めていると唱える研究者や専門家が出てきています。日々モノを生産しては消費する時代から、モノ選び一つをとっても経験や体験、賛同や共感、支援や応援といったコトに重きを置く社会が訪れ、持続可能性に向けての歩みが多くのシーンで見受けられるようになりました。それはメディアやSNSでも多用されるワード、例えばスローライフやワークライフバランスからも感じられます。文明的価値から文化的価値への創造が急務となり、経済第一の社会を脱却して、ずっと先まで長く続く、地球に生きる全てのものにとって無理のないバランスの取れた社会が求められています。これから先「1%フォー・アート」はそのような社会構築の要となるかもしれません。